十時半頃、二人は手に一杯の荷物を抱えて帰って来ました。
「圭介、花火もちろん参加だよな」
僕を見つけた颯くんが、確認して来たので
「うん。僕も追っかけられようと思って」
と僕は笑いました。
「そうか、知ってたのか」
「可南子さんと麻里香ちゃんが教えてくれたから」
「楽しみ?」
「一応、そうだけどちょっと怖いかな」
「でもやるんだろ?」
「うん」
僕は、颯くんが『慶吾さんが花火を持って追っかて来る』事を僕がもう知っている事にもっと残念がるかと思ったのですが、どうもそうではなかったようでした。颯くんはただ確認に来ただけの様で、僕が花火に参加するかどうか再度確認した後、「俺はけっこう楽しみだな」と言い残して去って行ってしまったのでした。
その夜の夕食は、僕達の休憩室に円谷さん達もやって来てみんなで囲む事になりました。やっぱり十時を過ぎてからの夕飯だったので円谷さん達は事前に軽く済ませていて、僕達は花火の為に急いで食べなければいけなかったのですが、それでも総勢六人で取る夕食はとても楽しいものでした。
「火、ちょうだいな」
麻里香ちゃんは「わたしが、い〜ちばん」と言って花火を一本抜くと僕に差し出しました。
「はい」
しゃがんで火を点けてあげると、可南子さんが横で「気を付けて持ちなさい」と麻里香ちゃんに言いました。そして僕にも「圭介さんも、気を付けてくださいね」とニコリとほほ笑んでくれたのでした。僕が「はい」と照れながら答えてると
「圭介さん、後に怪しいのが来てるわよ!」
とユキノさんの声がしました。僕が振り返ると、そこには慶吾さんと颯くんが立って居ました。
「二人........」
僕は、午前中に颯くんが僕に花火に参加するかどうかを確認した訳を悟りました。
「その通り!」
「我々は結託したのだよ、圭介くん」
颯くんと慶吾さんは怪しげな笑みを浮かべながら、自分達の持っている花火に火を付けるのでした。
「ずるい!」
僕がダッシュで逃げ出すと、後から慶吾さんが「かかれー、者共出陣じゃ!」と殿様の設定なのかそう時の声を挙げて、者共どころか一人きりの家来らしい颯くんが「ははーっ」と応えて二人がかりで追っかけて来ました。二人は「待て待て!」「すばしっこいネズミじゃー」などと笑いながら追っかけて来るのですが、僕は必死でした。あの二人はとても足が速かったのです。
「よい子と、よい大人のみんなは、まねしちゃだめよー」
と麻里香ちゃんと可南子さんは遠くで笑いながら叫んでいました。ユキノさんは笑いながら僕を裏切っているらしく
「颯!右、右!」
などと指示しているのでした。鬼気迫る攻防(僕に武器はなかった....)がひとしきり続いたのですが、さすがに僕の体力が限界だったのでギブアップすると、二人は「儂らも武士のはしくれ」「温情つかわす」などといつまで続くのか殿と家来のまま僕が抜ける事を許してくれたのでした。
ユキノさん達の所まで戻ると「おつかれさま」と三人は笑いながら僕を歓迎してくれました。
「ユキノさん、ひどいじゃないですか。裏切って」
僕がワザと剥れた顔を作ってユキノさんにそう言うと、ユキノさんは
「可愛い息子のためだもの」
と素知らぬ顔をした後で笑うのでした。それから、いたずらする時の様に瞳をくるりと動かして
「圭介さん、でも?」
と僕の方にマイクを向けるフリをするのでした。マイクを向けられた僕が
「すごく楽しかったです!」
と正直に答えると、ユキノさんは
「圭介選手、大変満足した模様でございます」
とレポーターの真似をして僕の感想を締め括ったのでした。それがいつものユキノさんからは想像出来ないくらい男っぽい口調だったので、僕は走りすぎて片腹が痛いのに大笑いしてしまいました。ユキノさんも自分で言っておきながら可笑しかった様で、しばらく声を挙げて笑っていました。それから、ちょっと呼吸を整えたユキノさんは僕に
「圭介さん、颯から逃げないでくれてありがとう」
と言いました。さっぱりとした口調だったけれど、ユキノさんの気持ちが一杯こもっている事が分かる台詞でした。颯くんも、ユキノさんもどうしてこんなにさり気なく人を思いやる事が出来るのでしょうか。ただ今は二人のやさしさを受けているだけの僕でも、いつか二人の様に『人を思える』時が来ればと願わずにはいられないのでした。
その時、麻里香ちゃんが二人の方を指さして
「あー!パパが颯お兄ちゃんをうらぎったぁ」
と言ったので見てみると、颯くんが慶吾さんに花火を奪われて逃げ出している所でした。
僕が意地悪して
「慶吾さん、ガンバレー」
と叫ぶと遠くから颯くんが
「圭介、助けろー!」
と僕に助けを求める声をあげたのですが、僕の隣に居たユキノさんに「い、や、だー!」と手を振って断ったのでした。先『可愛い息子のためだもの』と僕を裏切ったユキノさんは、今度は可愛い息子をあっさりと裏切っているのでした。僕がユキノさんにそう言うと「強い者の味方した方がおもしろいんだもん」と笑うのでした。ユキノさんはおだやかでやさしくて、こんなに可愛らしい所まである人なのでした。
僕達が花火を楽しんでいる間中、慶吾さんと颯くんは走り回りながらワーギャーと叫んでいました。
「本当に、今年の花火楽しかった」
可南子さんはいつまでも元気に走り回っている二人を見つめた後、僕達に視線を戻してそう言いました。
「えぇ、圭介さんのお陰かな?」
ユキノさんは、僕をチラッと見てから可南子さんに笑いかけました。どうして僕の『お陰』なのか?僕にはよく分からなかったのですが、何も聞きませんでした。ユキノさんがそう言ってくれるなら、それで良いのではないかと思ったからでした。
「二人とも、かえろーよー」
線香花火の終わった麻里香ちゃんの声で、お別れパーティは終了しました。本当に花火をしただけだったのですが、僕にはみんなの色々な面が見えた気がしたのでした。
朝、玄関前で僕達は円谷さんとお別れしました。
「一気に淋しくなっちゃったね」
玄関から去りながら僕がそう言うと、颯くんは
「静かになったって言うんだよ」
と笑いました。なんだかその笑顔を、僕は寂しげだと感じたのでした。
つづく