過日(23)

 僕が海十さんの部屋に荷物を置いて扉を出ると、丁度海十さんが小走りで戻って来ている所でした。
「どうしたんですか?」
「着替え忘れてた」
「そう言えば、そうですね」
 確かに、海十さんは普通の洋服のまま出て行ってしまっていたのでした。
「荷物ありがと、後でお礼するから楽しみにしておけよ」
「いや、そんなお構いなく」
 僕は荷物を運んだりするのは別にお礼をされる様な事ではないので、どういう答え方が適当なのか分からなくて困ってしまいました。けれど海十さんは僕の困惑を知っていて
「いや、するから。絶対するから、断るな」
 と半分脅しが入った言い方をするのでした。僕がそれならと笑いながら
「はい」
 と頷くと海十さんは満足した様でニカッと笑い、着替え着替えと呟きながら部屋に入って行きました。
 午後。気が付くと、夕立が来ていました。僕は、颯くんと海十さんは大丈夫だろうかと思いましたが、雨の方が波が高くなるのか二人は帰って来ませんでした。僕はサーフィンをした事がないので何がどうなのか良く分からないのですが、僕がここにアルバイトに来てから今日迄、颯くんは一度もサーフィンをしていませんでした。サーフィンについて話した事もなかったのです。それは、僕が全く海に興味がなかったからかもしれません。僕は自分が、颯くんの事を何一つ知らず、また気に掛けてもいなかったんだと気が付いて少し落ち込んでしまったのでした。
「ごめんな、圭介。今日も手伝えなくて」
「大丈夫だよ、颯くん。お客様少なかったから」
 僕は海十さんと一緒に帰ってきた颯くんに謝られて、困ってしまいました。昨日、颯くん達は夕立が過ぎた頃帰って来たのでした。そして今日も、お昼を食べてから二人は波乗りに出掛けて七時過ぎに戻って来たのです。
「ごめんな、圭ちゃん。今日も手伝えなくて」
「いえ、そんな。海獣さんはお客様ですから」
「俺の真似するなって言ってるだろ!」
「真似なんかしてない。してない」
「いいや、してる!」
「ひっどーい!圭ちゃん、颯がオレ様をいじめるぅ」
 あぁ、また始まってしまったと、僕は心の中で苦笑いしました。昨日も海十さんは颯くんの真似をして、颯くんの怒りを買っていたのです。僕は二人の間に突っ立ってこんな時はどうするんだろうと考えるのですが、良い策が湧いてくる訳でもなく、だからと言って笑い出すのもどうかと思ってオロオロするばかりでした。けれど、海十さんと口論している颯くんは本当に子供らしくて、僕はなんだかこんな颯くんも良いものだなぁと思うのでした。颯くんは、僕にも気さくに話しかけてくれるのですが、ここまで感情が出る事はなかったので........僕は颯くんは大人で冷静沈着なタイプだと思っていたのです。僕は海十さんが来てから、自分が颯くんという男の子について何も知らないんだという事が良く分かる様になりました。
 遅い夕食をみんなで終えた後、ひとしきり颯くんをからかって遊んでいた海十さんは「お前と話すのあきちゃった」と颯くんに言ってから
「そういえば、圭ちゃん。お風呂入ったかね?」
 と僕に訪ねて来ました。
「いえ、まだですけど」
 僕は明日の為に男湯の清掃もする係なので、いつも一番最後に入っているのでした。
「じゃ、オレも一緒に入るよ。二人で掃除したら早いだろ、この前言ってたお礼ってやつ」
「ありがとうございます」
「いやいや、男と男の約束だからね」
「はい」
 僕がクスッと笑って、もう一度『ありがとうございます』と頭を下げると海十さんはその僕の頭にポンと手を置いて「オレっていい人〜」と唄いながら消えて行くのでした。
「じゃあ、颯くん。ちょっとお風呂に行って来るよ」
 僕が何気にそう言って立ち上がると、颯くんはすごく不機嫌な顔を僕に向けて、
「あいつが何かしそうになったら、大声で叫べよ!」
 と空恐ろしい忠告をしてくれるのでした。男の僕が、大声挙げて人を呼ばなければいけない様な事が起きるはずはないだろうと僕は思ったのですが、笑って流すには颯くんの顔が恐ろしすぎて僕は「うん、まぁ、じゃあ」と適当な相槌に似た返事をして逃げる様にその場を去ったのでした。

  つづく
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by yoseatumejin | 2005-02-21 10:48 | 文/過日(全38回)


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