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過日(26)

 脱衣所に海十さんの洋服があったので急いで風呂場に入ると
「圭ちゃん、遅いよ〜。オレ、逆上せちゃうよ〜」
 と海十さんはすでに真っ赤になっていました。
「すみません。颯くんと話してたんで」
「颯、何か言ってた?」
 僕は、この二人は真似をしなくても似ているのだと気が付いて可笑しくなりました。僕が笑ったので、海十さんは僕が何か思い出し笑いをしているのだと思い込んだ様で、
「圭ちゃん。あいつに何を吹き込まれたんだ?」
 と僕の顔を両手で挟み込んで探りを入れる様に聞いて来ました。
「いえ、二人の僕への聞き方がそっくりだったんで可笑しかったんです。颯くんも『海獣、何か言ってた?』って言ったんです。僕が颯くんに吹き込まれたのは、海獣さんと呼べって事と早風呂だって事だけです」
 海十さんは僕の言葉を聞いて、少し嬉しそうな顔で笑いました。それから
「真似っ子は颯の方だよ。オレが元祖」
 と言い『海獣、何か言ってた?』『海獣、何か言ってた?』颯くんの口真似をするのでした。それがとても似ているので、僕はまた可笑しくて笑いが止まりませんでした。
「オレ、本当に早風呂でさ。もう上がるんだけど」
 海十さんはざぶんと湯船から立ち上がると、片手で謝りながらそう言いました。
「あ、海十さん。一つだけ、聞いてもいいですか?」
「何かね?」
「お兄さんのお名前、何ておっしゃるんですか」
「なんだ、圭ちゃん知らなかったんだ。兄貴はね、『航一(こういち)』って言うんだよ。兄貴とオレを合わせて『航海』。まぁ、一と十は一から十まで無事でいてねとかかもね。そっちは良くは分からないんだけど....」
 海十さんは真っ赤になっている顔に、少し照れを見せながら「家の親、ロマンチストだろ。恥ずかしいよな!」と付け足しました。僕は軽く首を振ってから
「ありがとうございます。海十さん」
 とお礼を言いました。海十さんはそんな僕をまたマジマジと見た後、
「海獣って、呼んでいいんだぜ。男と男の約束だからな」
 と笑いました。僕は風呂場を出て行く海十さんを見送りながら、海十さんの笑顔は颯くんにも似ているけれど、誰かにも似ているなと思いました。
 その誰かは、円谷慶吾さんなのでした。

  つづく
by yoseatumejin | 2005-02-28 13:11 | 文/過日(全38回)


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