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過日(28)

 しばらくの沈黙で、颯くんは自分の気持ちを落ち着かせた様でした。そして、意を決した様に
「圭介。お前も、海獣と同じ様に俺達家族を『おかしい』って思うか?赤の他人の為に、何の義理もない人の為に、家族がバラバラになって『おかしい』って思うか?」
 と僕に詰め寄りました。颯くんは真剣でした。僕は颯くんからこんな哀願とも、挑戦とも取れる視線を受けた事は、今まで一度もありませんでした。颯くんは自分を、そして航一さんとユキノさんを信じているのです。世間じゃなく、自分達が正しいと思った道を進み生きている事を誇りに思っているのです。だから、颯くんは真剣なのでした。
 僕は真剣に見詰める颯くんに、正直な自分の気持ちを返しました。
「『おかしい』なんて思わないよ。僕は単純に、颯くんもユキノさんも航一さんになった慶吾さんも、大変だったろうなって思った。きっと、可南子さんも麻里香ちゃんも、海十さんだって大変だったんだよね。だから僕は、みんなはすごいって思う。だって、僕が出会ったみんなはとても幸せそうだから。みんなは、みんな一緒に頑張って、こうして幸せに生きているから」
 僕は、颯くんも、ユキノさんも、慶吾さんも、可南子さんも、麻里香ちゃんも、海十さんも、きちんとそれぞれ幸せを持っていると思うのです。そして皆、誰かのためとてもやさしい人達だと思うのです。世間や常識から見たらみんなは『おかしい』のかもしれない。でも、誰が彼らのした事を『正しくない』と言い切れるんだろう。皆はあんなにやさしく笑える。それを誰が『間違ってる』と責められるんだろう。僕の答えを聞いた颯くんは「ごめん。最初に言った事、取り消し」と言って泣きました。
「颯くんは、嬉しいと泣くんだね」
「あぁ。圭介が分かってくれたこと。本当に俺、嬉しい」
「海獣さんも、今は分かってくれてるよ」
「知ってる。海獣は俺達の事を心配してるだけだって」
 颯くんは、やっぱり大人だなと思いました。理屈じゃなく、自分が在る。
「ありがとう。大切な話をしてくれて」
 と僕が言うと颯くんはぐいっと涙を手の甲で拭って笑いました。それからひょいとベッドから降りて
「おやすみ、圭介。ありがとう」
 と言ってドアをパタンと閉めました。
 結局、僕は泣きませんでした。それは、颯くんの話がとても良い話にしか聞こえなかったからでした。

 次の日もその次の日も、颯くんは海十さんと一日中海に居ました。二人の仲は相変わらずで、一言どちらかが何か言うと必ず口論が始まっているようでした。
「圭ちゃん、酷いんだよ」
 海十さんはこの頃、僕の後ろに隠れるという技を覚えたようでした。
「どうしたんですか?」
「颯の奴、またオレは客でも何でもないとか言うんだ」
「海獣、お前は一銭だって入れる気ないんだろ!」
「自分の家に帰って来てるのに、金払う馬鹿いないだろ?」
「金払わないヤツは、客じゃないんだよ!それに、家の事を少しは手伝え!」
「ユキ姉さんと圭ちゃんが『いいのよ。いいのよ』って言うんだから、良いんだよ」
「そこを『いやいや』とか言うのが大人だろ」
「嫌、嫌」
「圭介、どっか行ってろ!」
「はいっ」
 僕は「イヤ、イヤ」と縋ってくる海十さんを剥がして、ユキノさんの居る厨房へ転がり込むように逃げ出しました。ユキノさんは僕を見ると
「あの子達に今度、ちゃんと厨房まで聞こえてるんだからって言っておいてね」
 と笑いました。僕は「はい」と答えたのですが何と言ったら二人が納得するのだろう........と溜息が出てしまいそうでした。
「颯から聞いたの。あの子、圭介さんに航一さんの事話したのね」
 ユキノさんは笑って、自分の分と僕の分のイスを並べて置いてくれました。
「はい」
「航一さんと私、離婚はしてないのよ。可南子さん、そういった書類を見ても分からないから。だけど、本当の事を言うとね。私も、どっちだってよかったの。可南子さんと一緒。書類じゃないから、航一さんと私の仲」
「慶吾さん....航一さんも、ユキノさんみたいにそう言って笑うんでしょうね」
 僕がそう言うとユキノさんは「分かってるね〜君」と笑いました。
「そうなのよ。航一さんって呼ばなくても、航一さんは航一さんなの。慶吾さんって名前でも大好きだもの。私は強くて楽しい人が大好き」
「海獣さんも颯くんも、強くて楽しいですよね」
 と僕が言うと、ユキノさんはちょっと考えてから「海十さんは楽しいけどちょっと甘ちゃんだし、颯は強いけどちょっと堅物よね。やっぱり航一さんが一番かしら」と笑うのでした。
 二日後。
 海十さんは「颯からかうのも飽きた」と笑って帰って行きました。
 帰り際、「オレの家、圭ちゃんの大学に近いんだ。あっち帰ったら遊ぼう」と言って住所を書いたメモを僕にくれたのでした。

  つづく
by yoseatumejin | 2005-03-03 11:18 | 文/過日(全38回)


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