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おてまみセッテ(01)


題 おてまみセッテ

        一

 佐倉菜奈子(さくら ななこ) 【二十六歳・事務職・ちなみに独身一人暮らし】 は、三ヶ月前に捨て猫を拾った。
 その猫は、生まれたばかりの小猫だった。
 菜奈子は猫に「ケンタ」と名付けた。
 一週間後、ケンタは還らぬ猫となった。
 衰弱死であった。

 それから三ヶ月。菜奈子は、今でもケンタを忘れていない。
 季節は秋になっていた。
「菜奈子。いい加減に、私がフライドチキン食べる事を許してよぉ」
 貴重なお昼休み。菜奈子の同僚山田美奈(やまだ みな)は、自分のお弁当を見て半べそを掻いている菜奈子にそう言った。菜奈子はそんな美奈の声に
「別に美奈が食べたって構わないのよ」
と答えると、ハンカチで目頭をきゅきゅと押えた。美奈は小さく嘆息すると、
「食べ難いのよ」
と呟いた。
「だって....某フライドチキン専門チェーン店が悪いのよぅ」
「猫に、ケンタなんて名前付けた菜奈子の方が悪いんです!」
「だって、早く元気で健康な明るい子になって欲しかったんだもん!」
 菜奈子はそう言うと、休憩室の机にうっぷしてしくしくと声をあげた。
 美奈はそんな菜奈子に半ば呆れながら、
「もう食べるからね!」
と言い、ケンタでも何でもないフライドチキンにかぷりと噛み付いた。

 三ヶ月前。佐倉菜奈子は、捨てられていたケンタを拾った。が、別段大変な猫好きだったからではなかった。ただ、自分のアパートの近くに捨てられていたので見かねたのである。
 ケンタは見るからに雑種で、体は全体的にダーク系の色が混じっている焦げ茶色をしており、そこに白が線を引くシマ猫だった。生まれたばかりの様でフルフルと弱っていて、菜奈子はケンタを拾い上げるとすぐ動物病院に連れて行った。だが、ケンタを診察した医師は険しい顏をした後、「衰弱していて、大変危険な状態です」と菜奈子に説明した。それを聞いた菜奈子は、一週間風邪だと大嘘を付いて会社を休み続け、山田美奈に多大な迷惑を掛けながらも献身的に看病した。だが、一週間後。悲しいかなケンタは息を引き取ってしまったのである。初めて拾った猫を死なせてしまった菜奈子は、深く深く悲しんだ。そして、己の経験不足を嘆いて泣いた。
『私が、もっと早く見つけてあげられたら良かったのに....っ』
 菜奈子は、冷たくなって行くケンタを真白いタオルに包み込むときゅっと抱きしめて
「お墓作ってあげるね」
と呟いてアパートを出た。菜奈子がケンタを抱いて外に出た時、空はもう夜中の静寂に包まれていた。
「もう、夜だったんだ」
 菜奈子は夜空に浮かんだ三日月を見つめると、ぼつりとそう漏らした。それは説明の付かない呟きだった。自分がどうしようもなく小さな存在になった様な、一人ぼっちになってしまった様な心細さを感じての呟きだった。
 菜奈子はそんな寂しさを打ち消す様にタオルに視線を落とすと、心の中でケンタに『大丈夫だからね』と伝えた。
 大通りに出た菜奈子は、数分後タクシーを掴まえると『近くの山まで行って下さい』と運転手さんに告げた。運転手さんは、こんな時間に泣き腫らした目をしてタオルを抱えて乗り込んだ菜奈子に不安気な視線を送ると、
「あの、こんな夜更けにですか?」
と聞いた。菜奈子は、運転手さんの怪訝と不安が入り交じった視線に『あっ....』と合点すると、タオルに包んだケンタを見つめて事情を説明した。
「そうかぁ、それなら早く墓作ってやりたいよなぁ」
 運転手さんは、タオルに視線を落としながら安心と同情の顔を向けると優しい声でそう言った。そして、山に着くと一緒になってケンタの墓を作ってくれたのだった。もちろん、誰かの所有物であろう御山に勝手に埋めさせていただいているので、墓とは言ってもケンタを埋め、その上に近くの石を一つ積んだだけの粗末な物でしかなかった。それでも菜奈子は手を合わせながら、
「ケンタ、天国で幸せに暮らしてね」
と祈って少しだけ安心したのだった。

  つづく
by yoseatumejin | 2005-05-12 11:34 | 文/おてまみ(全10回)


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