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おてまみセッテ(02)

 それから三ヶ月。
 さすがに、菜奈子はずっと泣きっぱなしではなかった。一ヶ月程は浮かぬ顔ばかりしていたが、二ヶ月目には時々思い出して落ち込む程度で普通の生活を送っていた。
 ただ三ヶ月目、先週の日曜日。菜奈子は四年間付き合った彼氏に、二股掛けられた上捨てられてしまったのである。菜奈子の彼氏を取ったのは、二十歳の女子大生であった。彼氏は菜奈子に、『これは浮気じゃない、二股だ!二股はやっぱりいけない事だと思うから、お前と別れる』なる不可思議な言い訳を吐いた。菜奈子はそんな彼の言い分に心の中で半ば呆れながら、
「貴男みたいな男、こっちから願い下げだわ!」
と言い返すとビンタを往復三発喰らわしたのだった。
 つまり今現在、菜奈子はそんなこんなで目の前の悲しい気持ちからケンタが死んだ時の事を思い出し、『もう、ケンタの居る天国に行って一緒に楽しく暮らす!』などむちゃを言い出して同僚山田美奈を困らせているのであった。

        二

 就業後、菜奈子は会社の門を出た所で
「菜奈子!」
と名前を呼ばれた。菜奈子はその聞きなれた声に顏を向けると
「あ、お姉ちゃん!」
と少し驚いた声をあげた。門の前に立っていたのは、菜奈子の姉一宮和美(いちみや かずみ)だった。結婚しているので名字が変っているが、実の姉である。和美は、四歳になったばかりの一人息子健太郎(けんたろう)を連れていた。菜奈子は健太郎の姿を見留めるとニコッと笑って「こんばんは、健太」と挨拶し、姉の和美に
「どうしたの?連絡もなく会社まで来るなんて」
と聞いた。
「ちょっと、健太を預かって欲しくって」
「お母さんは?」
「お父さんと旅行に行っちゃってて、掴まらなかったのよ。実はね、良夫(よしお)さんの義父さんと義母さんが、今さっき車で走ってて後ろから追突されたらしいの。命に別状はないんだけど、全身打っちゃってて二人共大事を見て入院したのよ。良夫さんが今病院で手続きしてるんだけど、私は実家に二人の荷物を取りに行かなくちゃいけなくて。だから菜奈子に健太を預かってもらおうと思って寄ったの。ここ、実家に行く途中だから連絡するより連れて来た方が早いと思って待ってたのよ。ごめんね、突然で」
 和美は少し早口になりながらそう説明すると、自分の足下に纏わり付いている健太郎の頭を二三度撫でた。菜奈子はそんな和美の手に視線を写した後、
「何日位?」
と聞いた。
「今日から土・日と預かってくれないかしら。日曜の三時までに迎えに行くから。無理なら、健太も連れて行くから気にしないでも良いわよ」
「別に健太預かるのは全然良いよ。けど、そっちの手伝いはしなくていいの?」
「えぇ。良夫さんと私が居れば、こっちは問題ないわ」
「うん、分かった」
「よろしく。突然でごめんね」
 和美はそう言うと健太郎を菜奈子に預けて、駅へと去って行った。菜奈子はそんな和美を健太郎と一緒に見送った後、
「今日から日曜までよろしくね、健太」
と健太に笑いかけた。健太郎は菜奈子にこくんと頷くと、
「うん!」
と元気な返事を返したのだった。
 健太郎と二人で家に帰った菜奈子は、色々と珍しい物が有ると見えて子虎の様に部屋の中をぐるぐるぐるぐる回っている健太郎に
「健太、健太。明日はどこかに遊びに行こうね。どこが良い?」
と聞いた。
「みどりのランド!ボクね、ジャングルジムのぼうの、とてもじょうずなの」
 健太郎は、棚の上にあった手鏡を覗き込むのを止めると、菜奈子に向って自慢気にそう答えた。菜奈子は『のぼる』を『のぼう』と発音した健太郎の舌足らずが楽しくて、くすと笑うと
「のぼうの上手なんだー」
と真似をした。
「ちがうの、のぼうのがじょうずなの!のぼうなの!」
「うん、のぼうね」
「ちがうの!ナナコの、ちがう!」
「はーい。登るのが上手なんだよね」
 菜奈子は健太郎が少々腹を立てながら必死で訂正し始めたので、いじめるのを止めて両手を挙げて降参ポーズを取りながら笑った。健太郎は菜奈子の発音が直ったので、満足そうにコクと頷くと
「そう、のぼうの」
と繰り返した。
 菜奈子は、姉の子供健太郎を大変気に入っている。丁度おもしろい事を沢山言う様になったのでからかえるし、男の子にしては素直だし、明るく元気に笑ってくれるので一緒に居ると楽しいのだ。今日も、和美の『夜に甘い物食べさせないでね』を無視して会社の帰りにいちごのショートケーキを買ってあげたりして、健太郎のご機嫌を取りつつ甘やかしまくっているのであった。
「ナナコ、だいすき!」
「私も健太、だいすき!」
 二人は怒られないのを良い事に、いちごショートをわくわく食べながらそんな事を言い合った。

  つづく
by yoseatumejin | 2005-05-16 13:58 | 文/おてまみ(全10回)


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