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白ちゃん挿絵付「I can't mint the Iron」(03/全5回)

(やっぱりならなきゃ良かった....)
 世間の『吸血鬼』のイメージは色々あると思うけど、現在日本で暮してる吸血鬼は人間から血を吸って暮してなんかいない。
 確かに、昔は吸血鬼も生きて行くのは大変で、血を求めて人間を襲った事があると言う話も、聞いた事があった。
 でも、何故吸血鬼が血を欲するかと言えば、吸血鬼の身体が常に鉄分不足を引き起こしているからに他ならないのだ。
 現代みたいに食生活も向上している時代に、わざわざ吸血で鉄分を補給するなんて馬鹿げてる行為に出る吸血鬼はいなかった。
 そんなに鉄分が不足しているなら、病院で『貧血です』と言えば本当に鉄分が不足している身体の僕等は、幾らでもサプリメントが貰えるだろう。
 また、病院に行かなくても長く生きて居る吸血鬼達だから、ちゃんと『協会』もあって、きちんと会員登録しておけば専用のサプリメントも貰えるし、長期睡眠のための地下睡眠室だって借りれるのだ。
 そんな訳だから、僕は確かに何処の子でもなかったけれど、生活に困っているわけじゃなかったのである。ただ、いつもいつも『協会』施設の中でひっそりと暮しているのも飽きてしまうので、時々人間生活に混じってみる事があるだけだった。
 チキコの所に来る三十年位前も、僕は他の家の子として暫くの間暮していた。
 もちろん、いきなり人様の家に押し入っても(チキコの場合は連れ込まれたんだけど....)その家の子供になったりはできないから、そこは生きて行くために持っている吸血鬼のささやかな能力『幻惑』を使って紛れ込む。
(でも、やっぱりならなきゃ良かったなぁ....)
 広げた新聞紙に破片を集めてごみ箱に捨てる。手と顔を洗うと、洗面台にザーッと赤い線が流れていった。それがチキコの血なんだと思うと、僕は妙な寂寥を感じた。
 この三年間で、チキコは小学生から中学生になった。それはなんだか良く分からないけれど、スカート丈が年々短くなって、髪の色が年々明るくなって、一時期は大変危険な化粧をしている時もあって、変わった様で変わらない性格でもって、弟になった僕をチキコなりに姉の愛情で愛してくれていた三年間だった。
 もちろん、僕の誕生日にケーキを食べ、泣きおどして自分もプレゼントを貰い。中学生になっても、こどもの日のケーキを忘れなかった。
 それ以外にも、僕をダシにお小遣いアップを要求したり、僕に夏休みの課題図書感想文や自由研究をやらせておいて、賞を獲ったら自分がお小遣いを貰うという卑怯な手も使っていた。


「ちょっと!!姉が泣いて飛び出して行ったんだから、少しは追いかけて来なさいよね!!」
 バン!と玄関の扉を乱暴に開いて、戻って来たチキコは、顔を真っ赤にして怒っていた。
 けれど、勿論、泣いてなんかいなかった。
「....泣いてないし。それに、サカっちゃんが居るんでしょ?」
「居るわよ!何よ!可愛くないわねっ!!」
 僕の指摘に、悔しそうにそう怒鳴ると、チキコは八つ当たりしたくなったらしく、ガッと背後に向かって足を蹴り込んでいた。
 見事にいい感じの鈍い音がして、アイタ!という生声がする。
 そして、おずおずとチキコの後ろから顔を覗かせたのは、案の定、隣に住んでいるチキコの幼なじみ、榊(サカキ)ことサカっちゃんだった。
 僕は、サカっちゃんが、チキコと幼なじみなんて言う不運な運命の巡り合わせにあっている原因は、サカっちゃんの家が代々『お医者さん』だからだろうと思っていたりした。
 そんなサカっちゃんは、僕の顔を見ると『やぁ』と片手を上げて、あからさまに気弱だと分かる笑顔をこぼした。
 チンチキなチキコの服装とは違って、縦にも横にもヒョロい身体を詰め襟の学生服に包んだサカっちゃんは、細い黒縁眼鏡に黒髪という普通な色彩で彩られていた。でも、チキコの隣に居るとサカっちゃんの普通の黒さがやけに黒々しく見えてしまって、何となくチンチキに映るから不思議である。
「やー。ごめんね。ボクがチキコちゃんを診察室に連れて行こうと思ったんだけど、君が追いかけて来ないから嫌だとか言うんだ....」
「そうですか....。姉さん、サカっちゃんに迷惑かけずに、さっさとおじさんの所に行こうよ。あんまり我儘言ってたら、救急車呼ぶよ?」
「嫌よ!なんで、隣ん家まで救急車に乗らなきゃいけないのよっ!!」
「分かってるんなら、行きなよ」
「ホラ、ね?さぁ、ボクの家に行こうって。早くしないと、硝子が入ってたら大変なんだから....」
 サカっちゃんは柔和というより弱気な笑顔をチキコに向けると、僕に口癖になってる『ごめんね』をまた言った。チキコは、そんなサカっちゃんの脇腹に今度は肘鉄を喰らわすと、僕を睨んで
「あんた。このまま一人で出て行ったら、捜索願い出すわよッ!ちゃんと片付けて、必ずこいつん家に見舞いに来なさい!!分かったわねッ!!」
 と何故か威張り散らした態度で以てそう言って、やっと病院に行く気になった様だった。
「............ホント、朝から五月蝿すぎ」
 元々、吸血鬼の僕には平常時でもチキコのテンションは高いのだ。
 それが今日は更にヒートアップしていた訳で、僕は閉まった玄関を眺めて『はぁ』と溜息していた。
(朝から疲れた....)
 片付け終わったダイニングテーブルに頬を乗せると、僕はじっと目を閉じた。
 どうせもう学校に行くことも出来ないのだから、急ぐ必要もない。
 それに、もう僕の身体は眠たくてしょうがなかった........。


   * * *


『ちょっと、コレ。何なの!?ラムネなんて嘘じゃない!!』

 昨日の夕方。
 僕が学校から帰ると、僕の部屋でチキコが激昂していた。
 その手には『おいしいラムネ』と書かれた、青緑色した半透明のラムネ菓子容器が握られていた。

白ちゃん挿絵付「I  can\'t   mint  the  Iron」(03/全5回)_b0064495_946829.jpg

 僕はそれを見た刹那、しょうがないな。という気持ちから生まれた嘆息を一つ溢して
『そうだね』
 と素直に頷いていた。
『何が『そうだね』よ!あんた、私に内緒で変なクスリに手を出してたなんて....っ....小学生の癖に最低だわ!』
『............』
『ちょっと、何か言いなさいよ!』
『........。姉さん、弟が隠し持っているものまで口にするなんて、どうかと思うよ』
『何よ....!弟のものは私のもので何が悪いのよっ!!』
『悪いよ』
『........このドラッグ、何処で手に入れたのよ』
『そんな物騒なものじゃないよ。まぁ....姉さんには必要ないけど....』
 白い錠剤は、確かにラムネなんかじゃなかった。
 けれど勿論、ドラッグでもなかった。
 ただ鉄分が多く含まれている、吸血鬼用のタブレットだった。
 とは言え、人間が一度に摂取するには鉄分が多量過ぎて逆に気持ち悪くなるモノだったから、一応人間のチキコが食べるには不都合なモノだと言えた。
 けれど....。
 そんなタブレットが、今の僕には手放せなくなっているものに違いなかったのだ。
 元々、僕の様に小さな子供の吸血鬼には、三年もの間絶え間なく『幻惑』をかけ続ける事には無理があった。
 まして、チキコは、もう半分大人だし。お母さんとお父さんが、僕とチキコとの差に覚える違和感の強さは年々増すばかりだった....。
 この家で暮していたら、力の使い過ぎになる事なんて、本当は出会った時から分かりきっていたのだ。
 僕が世話になっている『協会』の大人達も、そろそろ戻れと勧告して来て居たし....。
 だから僕は、目の前でチキコがタブレットを持って怒っていても、別段驚きも狼狽もなかったのだった。

  つづく
by yoseatumejin | 2006-12-06 09:47 | 文/白挿絵付(全1種)


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