2005年 03月 19日 ( 1 )

過日(34)

 風呂から上がって部屋に戻ると、林が「邪魔してるぞ」と迎えてくれました。
「ああ、別に良いけど」
 と僕が何も考えずに答えると、林はニヤリと笑って
「ほらな」
 とベッドの奥に向って言いました。僕がなんだろうかと思っていると、颯くんがベッドの死角からダンと立ち上がり
「何で簡単に良いとか言うんだよっ、圭介!」
 と腹立たしげな声をあげました。僕はそこでやっと、二人が何らかの賭けをしていたのだと気が付きました。林は勝者の笑みを浮かべて
「オレの勝ち〜!チビは寝ろ、寝ろ。安田としゃべるのはオレだからな。おやすみ〜」
 と悔しがる颯くんに手をヒラヒラと振りました。僕が去って行く颯くんにごめんと謝まると、颯くんは『明日は絶対勝つからな!』と林に宣言し、本当に悔しそうな様子で去って行くのでした。
 颯くんの姿を見送った僕は、小学生相手に本気を出している林に
「それで、僕と話す事はある訳?」
 と聞きました。言われた林はニヤっと笑うと
「ナイ。ただ賭けてただけだからな」
 とあっさりした答えを返して来るのでした。僕が
「だったら、あんな賭けやる必要あったのか?」
 と不思議な顔をすると林は
「あったさ。あのチビが、掛値無しでお前が好きなんだって良く分かった」
 と答えて一人頷きました。僕が嬉しい様な気恥ずかしい様な気持ちで
「それじゃ『友達合戦』はもう終わりにするんだよな」
 と言うと林は
「『友達合戦』?」
 と聞きなれない言葉に変な顔をしました。
「ユキノさんが、二人を見てそう言ったんだ。林と颯くんが、どっちがより友達か競い合ってるみたいだったから」
「ナルホド、『友達合戦』。言い得て妙だな。チビが本気でオレに向って来てるの分かるから、こっちだってついつい本気で迎え撃っちまっうんだよなぁ。だってオレなんか、お前と仲良くなるのに一年もかかってるのに、あっちは一ヶ月だぜ。その上面と向かって『圭介の一番は、俺だからなっ!』とか会うなり言われたら、やっぱ悔しいわけよ。じゃあ一丁シメてやろうかなって思ったって、まぁ良いだろ?って感じになるだろ」
「つまり、『友達合戦』は終わりで、林は颯くんと仲良しになったんだよな?」
 僕は結論をもぎ取りたくてそう聞きました。当事者としてはそこまでやってもらう事が申し訳なく、そんな価値もないだろうと思えて来て、何で二人共こんなに真面目に僕を取り合ってるんだろうかとあたふたした気持ちになってしまうのでした。
「仲良しじゃなきゃ、口も聞かねえよ」
「そうだよな」
 僕は本当に、ホッとしました。林と颯くんが嫌な気持ちで別れたりしないで欲しいと、僕は思っていたのです。
「安心したわけね」
「ごめん。わがままなんだけど、二人が仲良くなってくれたらいいなって思ったから....」
「そんな事は心配するな。それに、あのチビは良い奴だろ。もちろんオレも良い奴だし。安田はオレ達のラブコールに笑ってりゃいいの」
「ラブってなんだよ?」
 僕が林の言葉に照れてそう言い返すと、林は
「じゃあ、ライクコールか?」
 と言って笑いました。
「なぁ、林」
「何だ?」
 僕が口調を改めたので、林は笑うのを止めました。
「颯くんは、本当にやさしくて、僕はここに来て何度も救われたんだ。颯くんのお陰で、僕は自分の嫌な所も良い所も認める事が出来るようになったと思う。ユキノさんや他にも色々な人に会ったけど、一番、やっぱり一番会えて良かったって思ったのは颯くんなんだ。なぁ、林。僕は颯くんに何かしてあげたいよ」
「お礼ってやつをか?」
「あぁ」
「お前は充分やったんじゃない?あいつの『一番』なんだろ?それだけでも凄いじゃないか」
「ありがとう。でも、あと二日しか一緒にいられない」
 僕はやっぱり淋しくて、不安でした。颯くんやユキノさんに会えなくなってしまう事が寂しくて、二人の顔が見れなくなって、声が聞こえなくなって、僕はちゃんと前を見て生きて行けるだろうかと不安だったのです。そして、こんなに色々してもらった颯くんに恩返しもしないで帰ってしまう事が心苦しいのでした。
「お前には、オレが付いててやれるけどなぁ。そうだな、チビは一人になっちまうわけか」
 林は僕の表情で何かを察した様でそう言いました。
「颯くんは、何を一番望んでいるんだろう」
「一番は安田だろうけど、二番以降は友達じゃないか?チビ、同世代の友達少ないだろ?お前会った事ある?あいつのクラスメイトとかに」
 僕は林の鋭さに感嘆しました。確かに僕は知らないのです、颯くんのクラスメイトを。
「すごいな、林」
「今日、チビとしゃべったから分かるんだよ」
「僕は今まで気付かなかったよ」
「そうだろうな。オレとお前は、あいつから見たら立場が違うからな。チビが何でこんなにオレにつっかかって来るのかって言えば、オレがお前の友達だからだもんな」
「つまり、ライバルだと?」
 僕の答えははずれていたらしく、林はそれを聞いて軽く笑いました。
「ライバルはまぁ、そうだろうけど。羨ましかったんじゃないか?お前に、自分以外にもちゃんと心配してくれる友達がいるんだって気が付いて。ライバルってつもりはなくても、折角出来た『一番』を取られちゃなるめぇと必死だったんだろうな。安心したいんだよ、チビは。自分は絶対安田を裏切らないって自信があるんだろうな、その分自分も欲しいんだよ『絶対』って名前が付くものが。でもこれ以上、お前から何かを貰いたいわけじゃない。足りないのは、二番目以降なんだろうよ。自分の側から安田が居なくなっても、あいつは笑っていたいんだ。変なもんだよな、お前の『一番』で居たいと思ったらお前以外の友達がちゃんと必要なんだって気付いたんだろうな」
「林って、凄いな。僕は自分がはずかしいよ。颯くんの事、そんな風に思ったり出来なかった」
 僕は颯くんに何かしてあげたいと思っただけで、何を颯くんが欲しいと思っているかなんて考える事は出来ていませんでした。林の言葉の一つ一つが、まるで颯くんの声の様で僕は不思議な気持ちで林の話を聞いていました。
 けれど林は感嘆している僕の顔を見て、「でも」と首を振りました。
「オレがチビだったら、そんな事を考えてる自分なんてものは絶対お前に見せたくないし、気付かれたくないぜ。だから、お前は何かしたいなんてオレに言っちゃいけなかったよ。オレはお前の友達だからこうして言ってるけど、オレがチビの友達だったらお前にこんな話は絶対しない。その違い分かるか?」
「駄目だって、どういう事なんだよ?分かるかって、何を?林に相談しちゃいけないってどうしてなんだよ。分からないよ、林」
 突然、林に突き放された気がして僕は林を見詰めました。昨日会ったばかりの林の方が颯くんの気持ちを分かっている事も、僕が颯くんに何かしたいと思う事がいけないような口ぶりも辛かったのです。
「お前は、チビの『一番』なんだろ?だから、お前には限界があるんだよ。お前がチビの為に友達を連れて来たりする事は出来ないし、もしやったってそんな押し付け嬉しくもない。お前が、自分の事を思ってしてくれたって分かったって、嬉しい事じゃないんだ」
 林はそれから「これはオレの意見だ。お前が違うって、チビはそんな事思わないって言えばそれで良いんだからな」と付け足してじゃあなと部屋を出て行きました。

  つづく
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by yoseatumejin | 2005-03-19 10:45 | 文/過日(全38回)