カテゴリ:文/過日(全38回)( 38 )

過日(38)おわり

          七

「ここで待ってようぜ」
 少し走らせた林は、バイクを止めるとそう言いました。
 そこは、颯くんの小学校が眼下に見える道の路肩でした。僕と林がしばらく待っていると、わいわいと楽しそうに登校して来る子供達の集団が見えました。
「おぉ、来た来た。ちゃんとチビもいるぜ」
「うん」
 僕が林が指差した先を見ると、颯くんは隣の男の子と楽しそうに話をしていました。
「成功したみたいだな」
 林はそう言うとニッと笑って、「おめでとう!」僕の肩を力一杯叩きました。
「痛いよ!林。でも....良かった、颯くん楽しそうだ」
 僕が颯くんの為にしたくて、した事。それは、やっぱり林の言う様に僕が出来る限界を越えていたのかもしれません。それでも僕は、颯くんに小さなきっかけをプレゼントしたいと思ったのでした。新学期の始まりにみんなと一緒に登校する事で、一人で学校に行くよりずっとずっと早く颯くんにとっての新しい出会いがあれば良いと思ったのです。教室の中に一人で入るより、みんなと一緒にわいわい楽しく入った方が良いのではと思ったのです。全ては、僕の憶測であり希望と楽観でしかないのですが、それでもその小さな一瞬を、昔の僕は望んでいた様に思えたのでした。
「でもさ。やっぱり、こういうのも自己満足って言うんだろうな」
 僕は校舎の中へ消えて行く颯くんの後ろ姿を最後まで見送って、学校に背を向けて林にそう言いました。林はそんな僕を見て、小さく一つ苦笑すると
「そうでもないさ、安田」
 と顎で僕に振り向いてみろと合図しました。
 きっと、僕は林がそう合図した瞬間から泣いていたかもしれません。振り返った僕の目には、両手を振ってる颯くんの姿が写りました。僕が一軒一軒訪ねて歩いた子供達の姿が写りました。誰かが、颯くんに僕が頼んだのだと教えてくれたのでしょう。颯くんはそれを知って、僕がどこからか見てると踏んで出て来てくれたのでしょう。みんなは僕達の姿を、一緒になって探してくれたのでしょう。全ては、僕の我儘でやった事なのに....!
「安田、手振るぞ!」
 林はそう言うと僕の片手を取って、バッと高く掲げてから颯くん達に向って大きく大きく振ったのでした。
 僕はバイクを走らせる林の背中に掴まって、僕の初めて見た世界を見つめました。
 世界。
 僕はそれを今まで見た事がなかったのです。小さな小さな、空間という名前で置き換えられる様な世界に生きて来た僕が、初めて出会った本当の世界。ここは世界の入り口でしかなかったのかもしれません。けれど、その世界の入り口は、僕にとてもやさしいものでした。僕が最初の一歩を踏み出す為に用意されたものは、夏の日差しに照らされた海であり、やさしい人が集まる「志のや」であり、いつでも見守ってくれたユキノさんであり、何より僕の手を取ってくれた颯くんであったのです。
 たくさんの人が、僕の背中を押してくれたのでした。
 僕が生きて行ける様に、『悲しみ』を囲んで『しあわせ』に変えてくれたのでした。
 それは、ユキノさんが颯くんの為に、颯くんが僕の為に歌ってくれた歌の様に。
 林は、背中越しに僕が何を考えている事が分かった様でくすりと笑うと
「ゆっくり、帰ろうな」
 とやさしく呟いたのでした。

   終
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by yoseatumejin | 2005-04-05 16:54 | 文/過日(全38回)

過日(37)

 最後の一日は、林も「志のや」を手伝ってくれてみんなで大掃除をしました。それから、夕方、僕は颯くんと山の向こうへ消えて行く夕陽を「志のや」の庭先から眺めました。二人で、ポツリポツリと『花火楽しかった』とか『麻里香ちゃん達、元気かな』とか『海獣さんも元気にしてるかな』とかこの夏の大切な出来事を思い返す様に話しました。
 話の途中、ふいに颯くんが
「夕陽って、昼間の太陽と違って目に止まるよな」
 と言ったので、僕は自分が小さい頃感じていた事を思い出しました。
「小さい頃さ、僕は自分の部屋をオレンジ色に染めてくれるのが夕陽なんだって気付くまで、不思議な現象が自分の部屋では特別に起きるんだって思ってた。僕が良い子にしてるご褒美なんだって思ってたんだ。だから、雨とかくもりの日はご褒美が貰えない訳。それで僕は勝手に今日の僕は悪い子だったんだ、だからご褒美が貰えなかったんだって落ち込んだりしてた」
 小さな僕は一人きりの部屋で、わくわくしながらその一時を待っていました。自分の両手も、イスも、カーテンも、すべて同じ色に染まって古い写真の中に居る様な感覚になる瞬間、それが楽しくて嬉しくて堪らなかったしあわせな僕が....あの日々の中でもちゃんと居たのでした。
 僕の話を聞いた颯くんは、とってもやさしい顔で
「楽しい話、まだあったな」
 と言ってくれたのでした。
「うん。思い出してよかった」
 僕の過去は、忘れてしまっていただけでこんなにやさしい思い出も持っているものだったのです。僕は本当に、あの時花寿子に死のうと言ってしまった事を後悔しました。きっと、花寿子も持っているのです。忘れているだけのやさしい思い出を。僕は今、花寿子も僕もあの時死ななくて本当に良かったと心からそう思えたのでした。
 夜、ユキノさんが突然みんなで一緒に寝ようと言い出し、颯くんの大反対と林の大賛成を受けました。しばらく二人の賛否の口論が続いたのですが、結局ユキノさんが頑として主張を譲らず、見事に颯くんは負けてしまったのでした。
「母さんって、ワガママだよな」
「仲間はずれは嫌いなんだもん。どうせ三人は、なんだかんだ言って一緒に寝るんでしょ」
「それはそうだけど....」
 結局、颯くんは弱い所を突かれて諦めた様でした。
 僕と林がのんきに悔しがる颯くんを見て笑っている間に
「頭同士二・二でお布団敷くから、圭介さんは私の隣ね」
 とユキノさんは寝る場所まで勝手に決定してしまったのでした。
 その夜は、僕が今まで経験した事のない楽しい夜でした。林の言葉を借りるなら、『修学旅行の夜みたい』なのでした。
 朝。
 僕は颯くんとユキノさんにたくさんのお礼を言って、バイト代を受け取りました。そして颯くんが登校する前に、二人に見送られて大好きな「志のや」を後にしたのでした。
 ユキノさんは、泣きなが見送られるのを恥ずかしがっている僕を見て「圭介さんらしいわ」と笑いました。
 颯くんは、「圭介が頑張れるように」と言ってたくさんの言葉を僕にくれました。それが嬉しくて悲しくて僕は泣くのを止められませんでした。颯くんの言葉は、いつでも僕を励ましてくれるものなのでした。幸せにしてくれるものなのでした。
 何度も振り返ってしまう僕を、林は半分厭きれた顔でそれでも嬉しそうに笑って見て居てくれました。

  つづく
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by yoseatumejin | 2005-03-29 11:29 | 文/過日(全38回)

過日(36)

 二人の釣りの結果は一対一で引き分けた様で、二人は帰って来るなり僕にどっちが大きいか判断しろと迫って来ました。僕がどっちにしろこの調子では『友達合戦』になるんだろうなと思いながらも
「颯くんかな?」
 と言うと颯くんは
「やっぱり、俺だよな!」
 と嬉しそうに笑いました。一方、林は僕の決定が気に食わなかった様で、そんな筈はないだろうとか、もっとよく見てみろとか言って僕に訂正を求めるのでした。
 一頻り騒ぎ終わった林に僕が
「やっぱり、颯くんの勝ちだよ」
 と笑うと林は悔し紛れに
「でも、安田は青魚が嫌いだもんな。チビの釣ったのは食えないよな」
 と嘘八百な事を言って颯くんをいじめるのでした。
「二人とも、すっかり仲良しになったわね。圭介さん」
 二人の釣り上げた魚を受取りに来たユキノさんにそう言われて僕は
「これはこれで、やっぱり仲良しって言うんですよね....」
 と今だに決着がつかないやり取りを続ける二人に苦笑したのでした。
 僕は、自分がちゃんとした『人間』になれるとは思っていませんでした。あの家の中でじっとしているばかりだった僕は、何かを学ぶ事もなかったからです。けれど、何を学ばなくても僕は自分がまともに生きて行ける人間ではない事を知っていました。
 初めて、ここへ来た夜。僕は、母が死に物狂いで僕を探しているのではないかと不安でした。母は僕を心の底で愛していたし、僕が世間を知らない事を十分知っていたし、何より僕が逃げる事で心のバランスを崩してしまうのは母自身なのだと僕は知っていたからでした。ここでもし捕まっていたら、僕はもう二度とあの家から飛び出す事はなかったと思います。逃げ出さなくてはいけなかったから動けただけの僕は、本心ではあの家で永遠に何も考えたくないと思っていたからでした。
 けれど、何日経っても母はここに現れませんでした。僕は自分の中で何かが開放されて行く様な感覚を覚えていました。そして、それと同時に自分は母に『見捨てられた』のだとも感じていました。母にとって僕は死に物狂いで探さなくても良い人間だったのだと、僕は僕が思っているよりもっと価値のない存在だったのだと思えたのでした。
 僕は「志のや」に来て一週間、本当に心も体もフラフラでした。開放感と存在価値の否定、そして自分からきちんと関らなくてはいけない初めての他人が出来た事もあって、ひたすら緊張し続けていたのでした。ユキノさんと颯くんが、いつか呆れ果て蔑む様な視線で僕を見るのではないかと思うと一つ間違える度に震え上がり、自分の事をちょっとでも話せば、そこから全てを察して二人の視線が冷たくなりそうで、僕は何も言わないでいる方を選びました。
 けれど、折に触れ二人がやさしく接してくれるので、僕は自分から置いてしまった距離をその内後悔する様になっていました。二人に対して僕が距離を置いていても、二人はそれに気が付かないという顔で笑ってくれるのです。その上、お客様に対しての僕のおかしな行動や言動も上手にフォローしてくれるのでした。二人は僕のかけた迷惑を、ただ知らなくて失敗しただけだと笑って許し続けてくれたのです。
 少しづつ、「志のや」で生活して行く中で、僕は自分が他の人達の中でも暮らして行ける人間なのだと、あの家を出ても何とかなるのだと知る事が出来る様になっていました。(........いや、教えられたのです)楽しければ、笑ってもいい。困っていれば、相談すればいい。完璧じゃなくても、大丈夫。一生懸命な僕を、二人は温かく見守って育ててくれていたのでした。たくさんの人と出会って、僕はやっと僕で居る事がどれだけ当たり前で大切な事かを心から理解したのです。
 そして、僕は初めて自分がちゃんと『人間』として生きて行けるのだと信じる事が出来たのでした。
「これで、三回目だよな」
 颯くんは、夜の海を見つめながら「一日しか空いてないけどな」と笑いました。
 結局僕は、林の予言通り颯くんに『散歩』に誘われたのでした。
「ごめん」
「だから、謝るなって言ってるだろ?そんな言葉、欲しくないんだから。それよりさ、圭介の事教えてくれよ。俺は実の所、圭介の過去もこれから先の生活も何も知らないんだからさ」
 颯くんはそう言って、僕の横に腰を下ろしました。
 僕は何をどう話そうか、と颯くんの顔を見ました。僕があまりにも真剣な顔をしていた様で、見られていた颯くんは
「たくさん話が出来れば、それだけでいいんだって。そんなに緊張するなよ、圭介」
 と吹き出しました。
「でも、どんな話をしていいか....。楽しい話は、少ないんだ」
 僕は本当に困ってしまってそう言いました。颯くんは僕の困った顔を見てくすくす笑うと
「じゃあ、そのちょっとしかない楽しい話が聞きたい」
 と言いました。
「少しっていうのも嘘かな、免許の一発試験の話しか思いつかないんだから」
 僕はそう言うと、去年の夏に一発試験を五回受けた話をしました。
 大学に行かせて貰えて、昼間に(僕が自由に動いても母達にばれない)空きの時間が作れる様になったので自動車の免許を取ろうと決意した事。車よりバイクにしろよ、と言う林の薦めを振り切った事。山中と佐伯から、昔使っていた自動車学校の教科書をもらって必死で勉強した事。最初に掻き集めた小銭を出した時の、試験場の受付の人の困った顔の事。その後、顔なじみになってしまった事。四回落ちて、お金が欲しくて林のバイクを大学の中で洗車した事。家の誰にも見つからない様に必死だった事。受かった時、本当に初めて自分の力で何かを手に入れられた喜びで一杯だった事。
 颯くんは僕の話を、まるでこの世で一番おもしろい話を聞いているとでも言う様に聞いてくれたのでした。
 聞き終わった颯くんは『ありがとう』と言ってから、
「免許の話、すごくおもしろかった。でも、それより、圭介には良い友達が居るんだってよく分かって嬉しかった」
 と微笑みました。僕は『颯くんにも、たくさん居るよ』と言いたかったけれど
「うん。みんな、大切にする」
 と頷きました。

  つづき
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by yoseatumejin | 2005-03-28 13:43 | 文/過日(全38回)

過日(35)

 一人、僕は林が出て行った後を見詰めました。僕は単純に、颯くんに何かしたかっただけなのです。けれど、林に言われてみると僕は颯くんを傷付けるような事をしてしまうかもしれないという不安に嘖まれました。僕が颯くんにしてあげられる事と、颯くんが僕に望んでいる事には違いがあって限界があるのだと林は教えてくれたのでした。それは、林の思い遣りなのでした。友達との付き合い方を知らない僕、他人との関わり方を知らない僕、林は僕がそういう人間であると知っているからこそわざわざ本来なら言わないくても良い苦言を僕に言ってくれたのでした。
 けれど僕は、それでも颯くんにしてあげられる事が何かあるのだと思いたいのでした。押し付けじゃなくて........颯くんを傷付けなくて、それでも何か大切なもの。そんなプレゼントがあるのではないかと、僕は思いたいのでした。
 僕は一人、自分の部屋で林がくれたたくさんの言葉を思い返しました。颯くんの『友達』。同級生、クラスメイト、二番目に欲しいもの。僕が颯くんにしてあげられるのは、友達を連れてくる事じゃない。
 ........僕はそこまで考えて、林の部屋へと向ったのでした。

 翌日、林は颯くんを釣りに行こうと誘いました。
「いいけど。圭介は行かないのか?」
「うーん、「志のや」放って行けないから。でも、大きいの楽しみにしてるよ」
 颯くんの誘いを僕は「志のや」を理由に断りました。実は僕が林に頼んで颯くんを釣りに誘ってもらったので、行くわけにはいかなかったのでした。今日を入れても二日しかないと分かってはいたのですが、どうしても僕は何かしたくて林に頼み込んだのです。
「分かった」
 颯くんは、僕の顔を一瞬じっと見てから
「英、置いて行くぞ」
 と言うとさっさと出て行ってしまいました。林は、さっさと出て行ってしまった颯くんの態度を見てニヤリと笑うと『お前、また夜中に連れ去られるぜ』と僕に耳打ちして来ました。僕が目を真ん丸にして林を見ると、林は気色悪い裏声で
「この前、見ちゃった」
 と言って体をくねって見せたのでした。
「早く行け、林!」
 僕が恥ずかしくて恥ずかしくてしゃがみ込んで怒鳴り散らしながら二人を見送っていると、ユキノさんがやって来て
「圭介さんも行く所あるんでしょ?」
 と言って僕にメモを一枚渡してくれたのでした。何だろうと思ってメモを見ると、たくさんの名前と住所が書かれてありました。
「これ」
「颯の学校の子で、家の近くに居る子達のリスト」
「え?何でユキノさんが....」
 昨日僕が林に相談した内容を知らないはずなのに、と不思議な顔で僕はユキノさんを見詰めました。するとユキノさんは僕に向って林の真似をして
「昨日、聞こえちゃった」
 と可愛く小首を傾げたのでした。
 それから僕は、何でもお見通しのユキノさんに見送られて顔から火を噴きながらも颯くんの学校の子達に会いに行ったのでした。
 昼過ぎ、何とか僕の方が二人より早く「志のや」に帰り着けた様でした。
「どうだった?みんな家に居た?」
「はい。宿題が大詰めみたいでした」
 僕がそう言うとユキノさんは
「そうよね。この近所の子達ってみんな、夏休みはお家の手伝いとかで大変なのよね。颯はその点、さっさと宿題終わらせちゃうから偉いんだけど、一つだけどうかと思う事があるのよね」
 と言いました。僕が
「何ですか?」
 とユキノさんに聞くと、ユキノさんは目を猫の様に細めて笑いながら
「颯の夏休みの日記。麻里香ちゃん達が帰ってからは、嘘ばっかりなの。本当に適当で、家の仕事が大変でしたとか、暇だったから一日勉強してましたとか。もっともらしい事を書くのよ。だから、毎年帰って来てくれてるのに海十さん、一回も日記に出て来た事ないのよね。天気だけは嘘書けないから毎日書き込んでるらしいけど、可哀相よね海十さん。あんなに颯と遊んであげてるのに、ちっとも感謝されてないんだもの。ねぇ、圭介さん。颯って実はとっても意地悪なのかしら?」
 と教えてくれたのでした。
「海獣さんは、その事実を知ってるんですか?」
 僕がユキノさんに聞くと、ユキノさんは
「海十さんには言ってないの。だって海十さんにとっては本望だろうけど、それでもやっぱり可哀相なんだもの」
 と困った顔でくすくすと笑うのでした。僕も、喜びながらも落ち込んでいる海十さんを想像して、悪いかなと思いながらもくすくすと笑ってしまったのでした。

  つづく
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by yoseatumejin | 2005-03-24 14:30 | 文/過日(全38回)

過日(34)

 風呂から上がって部屋に戻ると、林が「邪魔してるぞ」と迎えてくれました。
「ああ、別に良いけど」
 と僕が何も考えずに答えると、林はニヤリと笑って
「ほらな」
 とベッドの奥に向って言いました。僕がなんだろうかと思っていると、颯くんがベッドの死角からダンと立ち上がり
「何で簡単に良いとか言うんだよっ、圭介!」
 と腹立たしげな声をあげました。僕はそこでやっと、二人が何らかの賭けをしていたのだと気が付きました。林は勝者の笑みを浮かべて
「オレの勝ち〜!チビは寝ろ、寝ろ。安田としゃべるのはオレだからな。おやすみ〜」
 と悔しがる颯くんに手をヒラヒラと振りました。僕が去って行く颯くんにごめんと謝まると、颯くんは『明日は絶対勝つからな!』と林に宣言し、本当に悔しそうな様子で去って行くのでした。
 颯くんの姿を見送った僕は、小学生相手に本気を出している林に
「それで、僕と話す事はある訳?」
 と聞きました。言われた林はニヤっと笑うと
「ナイ。ただ賭けてただけだからな」
 とあっさりした答えを返して来るのでした。僕が
「だったら、あんな賭けやる必要あったのか?」
 と不思議な顔をすると林は
「あったさ。あのチビが、掛値無しでお前が好きなんだって良く分かった」
 と答えて一人頷きました。僕が嬉しい様な気恥ずかしい様な気持ちで
「それじゃ『友達合戦』はもう終わりにするんだよな」
 と言うと林は
「『友達合戦』?」
 と聞きなれない言葉に変な顔をしました。
「ユキノさんが、二人を見てそう言ったんだ。林と颯くんが、どっちがより友達か競い合ってるみたいだったから」
「ナルホド、『友達合戦』。言い得て妙だな。チビが本気でオレに向って来てるの分かるから、こっちだってついつい本気で迎え撃っちまっうんだよなぁ。だってオレなんか、お前と仲良くなるのに一年もかかってるのに、あっちは一ヶ月だぜ。その上面と向かって『圭介の一番は、俺だからなっ!』とか会うなり言われたら、やっぱ悔しいわけよ。じゃあ一丁シメてやろうかなって思ったって、まぁ良いだろ?って感じになるだろ」
「つまり、『友達合戦』は終わりで、林は颯くんと仲良しになったんだよな?」
 僕は結論をもぎ取りたくてそう聞きました。当事者としてはそこまでやってもらう事が申し訳なく、そんな価値もないだろうと思えて来て、何で二人共こんなに真面目に僕を取り合ってるんだろうかとあたふたした気持ちになってしまうのでした。
「仲良しじゃなきゃ、口も聞かねえよ」
「そうだよな」
 僕は本当に、ホッとしました。林と颯くんが嫌な気持ちで別れたりしないで欲しいと、僕は思っていたのです。
「安心したわけね」
「ごめん。わがままなんだけど、二人が仲良くなってくれたらいいなって思ったから....」
「そんな事は心配するな。それに、あのチビは良い奴だろ。もちろんオレも良い奴だし。安田はオレ達のラブコールに笑ってりゃいいの」
「ラブってなんだよ?」
 僕が林の言葉に照れてそう言い返すと、林は
「じゃあ、ライクコールか?」
 と言って笑いました。
「なぁ、林」
「何だ?」
 僕が口調を改めたので、林は笑うのを止めました。
「颯くんは、本当にやさしくて、僕はここに来て何度も救われたんだ。颯くんのお陰で、僕は自分の嫌な所も良い所も認める事が出来るようになったと思う。ユキノさんや他にも色々な人に会ったけど、一番、やっぱり一番会えて良かったって思ったのは颯くんなんだ。なぁ、林。僕は颯くんに何かしてあげたいよ」
「お礼ってやつをか?」
「あぁ」
「お前は充分やったんじゃない?あいつの『一番』なんだろ?それだけでも凄いじゃないか」
「ありがとう。でも、あと二日しか一緒にいられない」
 僕はやっぱり淋しくて、不安でした。颯くんやユキノさんに会えなくなってしまう事が寂しくて、二人の顔が見れなくなって、声が聞こえなくなって、僕はちゃんと前を見て生きて行けるだろうかと不安だったのです。そして、こんなに色々してもらった颯くんに恩返しもしないで帰ってしまう事が心苦しいのでした。
「お前には、オレが付いててやれるけどなぁ。そうだな、チビは一人になっちまうわけか」
 林は僕の表情で何かを察した様でそう言いました。
「颯くんは、何を一番望んでいるんだろう」
「一番は安田だろうけど、二番以降は友達じゃないか?チビ、同世代の友達少ないだろ?お前会った事ある?あいつのクラスメイトとかに」
 僕は林の鋭さに感嘆しました。確かに僕は知らないのです、颯くんのクラスメイトを。
「すごいな、林」
「今日、チビとしゃべったから分かるんだよ」
「僕は今まで気付かなかったよ」
「そうだろうな。オレとお前は、あいつから見たら立場が違うからな。チビが何でこんなにオレにつっかかって来るのかって言えば、オレがお前の友達だからだもんな」
「つまり、ライバルだと?」
 僕の答えははずれていたらしく、林はそれを聞いて軽く笑いました。
「ライバルはまぁ、そうだろうけど。羨ましかったんじゃないか?お前に、自分以外にもちゃんと心配してくれる友達がいるんだって気が付いて。ライバルってつもりはなくても、折角出来た『一番』を取られちゃなるめぇと必死だったんだろうな。安心したいんだよ、チビは。自分は絶対安田を裏切らないって自信があるんだろうな、その分自分も欲しいんだよ『絶対』って名前が付くものが。でもこれ以上、お前から何かを貰いたいわけじゃない。足りないのは、二番目以降なんだろうよ。自分の側から安田が居なくなっても、あいつは笑っていたいんだ。変なもんだよな、お前の『一番』で居たいと思ったらお前以外の友達がちゃんと必要なんだって気付いたんだろうな」
「林って、凄いな。僕は自分がはずかしいよ。颯くんの事、そんな風に思ったり出来なかった」
 僕は颯くんに何かしてあげたいと思っただけで、何を颯くんが欲しいと思っているかなんて考える事は出来ていませんでした。林の言葉の一つ一つが、まるで颯くんの声の様で僕は不思議な気持ちで林の話を聞いていました。
 けれど林は感嘆している僕の顔を見て、「でも」と首を振りました。
「オレがチビだったら、そんな事を考えてる自分なんてものは絶対お前に見せたくないし、気付かれたくないぜ。だから、お前は何かしたいなんてオレに言っちゃいけなかったよ。オレはお前の友達だからこうして言ってるけど、オレがチビの友達だったらお前にこんな話は絶対しない。その違い分かるか?」
「駄目だって、どういう事なんだよ?分かるかって、何を?林に相談しちゃいけないってどうしてなんだよ。分からないよ、林」
 突然、林に突き放された気がして僕は林を見詰めました。昨日会ったばかりの林の方が颯くんの気持ちを分かっている事も、僕が颯くんに何かしたいと思う事がいけないような口ぶりも辛かったのです。
「お前は、チビの『一番』なんだろ?だから、お前には限界があるんだよ。お前がチビの為に友達を連れて来たりする事は出来ないし、もしやったってそんな押し付け嬉しくもない。お前が、自分の事を思ってしてくれたって分かったって、嬉しい事じゃないんだ」
 林はそれから「これはオレの意見だ。お前が違うって、チビはそんな事思わないって言えばそれで良いんだからな」と付け足してじゃあなと部屋を出て行きました。

  つづく
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by yoseatumejin | 2005-03-19 10:45 | 文/過日(全38回)

過日(33)

 次の日、僕はユキノさんと颯くんにちゃんと林を紹介しました。
「安田と同じ大学に通ってます。林英明(ひであき)です」
 林が頭を下げると、ユキノさんは
「英明さんってお呼びしてもいいかしら?昨日はちゃんと挨拶もしないまま怒っちゃってごめんなさい。本当に、のんびりして行って下さいね」
 と言って深く一礼しました。颯くんも
「林さん、昨日は失礼な態度とって本当に済みませんでした。圭介が心配だったんで....」
 と頭を下げました。林は丁寧に謝罪する二人に両手を振って
「こちらこそ、済みませんでした。安田を連れてっちゃって........ちょっと話があったんで、つい後先考えずに行動してしまいました」
 と言いました。林が『ちょっと話が』と言ったので、二人はどんな話?という顔をして僕を見ました。
「実は、林は遊びに来てくれたんじゃなくて僕を迎えに来てくれたんです。それから、この夏休みが終わったら、林の家に居候する事にしたんで........そんな話をしていました」
「そうだったの。そうよね、もうすぐ圭介さんともお別れだものね。淋しくなっちゃうわね、颯」
 ユキノさんは僕の話を聞いて頷くと、視線を颯くんの方へ向けてそう言いました。その目がすごくニッコリとしていて、ユキノさんは颯くんの気持ちを良く知っていてそれを楽しんでるんだという事が分かりました。一方、颯くんは、ユキノさんに図星を指されて「そうだよっ!」とプイッと横を向きました。
「安田は、この子と随分仲よくなったんですね」
 林は颯くんのそんな仕草を見て、嬉しそうに僕の肩をポンと叩きました。
「えぇ、この子ったら、圭介さんが大好きなんです」
 ユキノさんはますますニッコリしてそう答えたのですが、僕は今まで颯くんを子供扱いした事などなかったユキノさんが林同様『この子』と言うので青ざめました。
「母さん、仕事に戻ったら?」
 颯くんはそんなユキノさんの攻撃を、ニコッと笑って冷静に切り返しました。ユキノさんは十分分かってて颯くんをからかっているのでしょうが、僕はどうして?という気持ちでユキノさんと颯くんを見比べました。
 ユキノさんは不安そうな僕の顔をチラッと見ると、
「じゃあ、圭介さんに手伝ってもらおうっと」
 と言い二人を残して僕をその場から連れ去ったのでした。
 厨房に連れて来られた僕は、ユキノさんにどうしてあんな事したのかと聞いてみました。僕に理由を聞かれたユキノさんは『だって』と笑いました。
「だって、颯ったら英明さんの事すごく気になってるのに、無理して『林さん』なんて言うんだもの。英明さんは良い方みたいだけど、颯はそれでも『圭介の一番は俺だっ!』とか言いたくてうずうずしてるのよ。だったら、言っちゃえばいいのよ。英明さんには悪いなって思うけど、言っちゃえば二人共仲良く出来るに決まってるんだから、いいかなって思ったの。それに、圭介さんの前で颯がとっても清ましてるから、ちょっといじめたくなったのも事実です」
 僕は、ユキノさんは一筋縄じゃ行かない人だとしみじみ思いました。そして、ユキノさんも颯くんと同じ様に僕に本当の自分を見せてくれているんだと分かって嬉しくなったのでした。
「二人は仲良くなりますか?」
 僕が聞くとユキノさんはコクリと頷いて「圭介さんが大好きな二人だもの」と笑いました。
 午後十時過ぎ、僕達は皆で夕食を取りました。
 ユキノさんが言った通り、二人はあの後仲良くなった様でした。でも、それは海十さんの再来の様な仲の良さなのでした。
「何で英(ひで)まで、俺達と一緒に夕飯食ってるんだよ」
「チビ。俺は客じゃねえんだよ。安田の保護者代わりなんだからな」
「保護者代わり?英が出来んのそんな事?」
「チビがやるよりマシだろ?」
「俺はそんなのやらないね。第一、圭介の友達の立場捨てて保護者だなんて威張っても嬉しくないしね」
「オレは、保護者で友達だ」
「聞いた事ないな、そんな屁理屈」
 海十さんの時と違うのは、二人がやけに物静かにやり合うという事でした。
 僕がユキノさんの方を向いて大袈裟に溜息を付いて見せると、ユキノさんは「正しく『友達合戦』ね」と笑いました。確かに、口論というよりは『友達合戦』という方が正しい様に思えました。

  つづく
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by yoseatumejin | 2005-03-18 16:26 | 文/過日(全38回)

過日(32)

「三日....だよね。それなのに、迷惑かけたよね。仕事もサボっちゃって、ユキノさんにも心配かけちゃって........駄目だよね」
 僕も颯くんの横に座りました。
「........違う」
 しばらく黙っていた颯くんは、呟く様にそう言って顔を上げました。僕の方を見た颯くんの顔は真っ赤でした。
「圭介、違う。あー、もういいよ。俺が悪かったよ!迷惑とかどうだっていいんだよ。そんなのかけたきゃかけろよ。俺が言いたいのは、違う!何で、分かんないんだよ。圭介、俺が海獣と毎日海に行ってた時どう思ってた?」
「颯くんはどうして今までサーフィンをしなかったんだろうとか、僕が全く海に興味がなかったからかもとか、僕は颯くんの事何も知らないんだなって思って....ちょっと落ち込んだよ」
 僕は突然話を変えた颯くんを不思議に思いながら、あの時感じた事を正直に話しました。けれど颯くんは僕の感想に満足しなかった様で、
「俺が聞きたいのは、似てるけど違う答えなんだよっ」
 と言いました。
 僕は颯くんの言葉に、しばらく考え込みました。そして、颯くんと海十さんが海に行っていた日々を思い出していました。
「二人が羨ましかったな....」
 僕の答えを聞いた颯くんは、あきらめた様に大の字に仰向けになりました。
「俺が馬鹿だよな。圭介、悪かった。お前は良い奴なんだよな。でも、俺は違った、嫉妬した。どんどん仲良くなっていく海獣にも、今日来た林って友達にも。海獣、今までアルバイトに来た奴と全然仲良くなった事なかった癖に、圭介には住所まで教えてただろ。その上、俺が圭介と後少ししか一緒に居られないって知ってて、圭介にあっち帰ったら遊ぼうとか言うし、それで俺がイジケて、海獣が帰ってもサーフィンやってたら圭介が見に来てくれるようになって、俺嬉しくて毎日やって母さんに馬鹿にされてさ。でも、これでも良い所みせようと頑張ってみたりしてさ。そんな事してたら、圭介俺が海に居るの知ってる癖に誘拐されてくじゃん。しかも自分からホイホイ行くし。俺は道でも訪ねられて近寄ったら、脅されたのかと思ってスゲェ慌てて。でも慌てたって、俺もうお前らに追いつかなかったし。ボード重いし、ウエットスーツじゃ走れねぇし。俺は圭介の友達だなんて知らなくて、必死に探して。なのに、圭介普通にそいつと帰って来て、しかも泣いたみたいな目してるのに俺に何も言わねぇし。俺は馬鹿だよ。何だよ、一人で舞い上がってた。親父の事話しても、俺の考え方知っても前と同じ圭介見て、勝手に俺が圭介の一番だなんて思ってたんだ。馬鹿だよ、俺本当に子供だ」
 言い終わった颯くんは、本当に耳まで赤かくなっていました。
「ごめん。全然、気付かなかった....」
 僕は、颯くんの言葉に驚きを隠せないまま謝りました。颯くんが僕をこんなに大切に想ってくれていたなんて僕は知りませんでした。海十さんや林に対して、颯くんが嫉妬していたなんて考えてもみなかったのです。
「さっきので、分かったよ!だから、謝るなって言ってるだろ」
 颯くんは悔しそうに僕を睨みました。
「そう言われても....ごめん。でも僕が、今すごく嬉しいって分かってる?」
 僕は本当に、颯くんに『一番』だと言われてすごく嬉しかったのでした。
「ここまで大恥掻いて、嫌われたら死んでやるよ!」
 颯くんは悔しさが余っている様でそう言うと、僕の頬っぺたを指でぎゅーっと引っ張りました。
「そうらよね」
 『そうだよね』と僕は苦笑しました。もし僕が颯くんの立場だったら、やっぱり恥ずかしくてしょうがないだろうなと思いました。
「そうだよ!それに圭介は、どうせ母さんも海獣も林って友達も他の奴等も、俺も、大好きだって言うんだろ?」
「うん。皆、大好きだよ」
「やっぱりな!」
 颯くんはそう言うと、僕の頬っぺたを引っ張っていた指をピンと離しました。
「結構痛いね、これ」
 僕は離された頬を擦りながら笑いました。颯くんは一瞬戸惑った様な目をした後『でも、謝らないからな』と言ってそっぽを向きました。それから、すぐに僕の方に向き戻って
「みんなの、順番は?」
 と聞きました。
「順番?」
「そう、順番。誰が何番目に好きかってヤツ!もう、大恥ついでに聞く」
 颯くんは開き直った様でした。僕は真っ赤になって怒りながら照れながらそんな事を言う颯くんが可笑しくて可愛くて笑ってしまいました。
 それからしばらく考えて
「うん。........皆を比べるのは難しいけど、颯くんが『一番』特別だよ。あの日、妹が僕に会いに来た日。颯くんが僕を起こしに来てくれた時、すごく懐かしい気持ちになったんだ。僕が一番会いたかった人が目の前に居る様な感覚で、嬉しくなった。颯くんは変な顔してたけど。....だからかな、颯くんが散歩に誘ってくれて、慰めてくれた時も逃げないでいられた。誤魔化してどうにかしようと思ったけど、最後にはそんな自分も認められた。自分は弱いんだって分かってたけど、本当に認めてしまう事が怖くて僕はずっとそれから逃げてたんだ。悲しいって気持ちを認めても、それ以上悲しくならないんだって初めて分かった。全部、颯くんお陰だよ。ユキノさんでも、海獣さんでも、林でも、円谷さん達でも、誰でもない。あの時、僕を救ってくれたのは颯くんなんだ。だから、僕の中で颯くんは『一番』特別で、そんな颯くんが僕の為にヤキモキしてるなんて思ってもみなかった。当たり前だったから、僕の中で順番とか決めなくても颯くんが『一番』特別だったから」
 と自分の正直な気持ちを僕は話しました。途中から照れてしまって颯くんの顔を見れなくて、前を向いていたけれど、颯くんがちゃんと聞いてくれている事は分かっていました。
「俺、やっぱりガキだよ。本当は分かってる癖に、圭介の気持ち確かめたいって思ったんだから」
 颯くんは僕の気持ちを聞き終わると、ハーッと大きな溜息を一つ付いてそう言いました。
「僕が颯くんの立場だったら、不安になってしまったら、もっとみっともない事すると思う。颯くんは僕なんか比べ物にならない位、大人だよ。海獣さんとケンカするのも、僕の為に色々してくれたのも、子供だからじゃなくて、それは颯くんらしさからだよ。僕だったら、もっと駄目な事してる。海獣さんや颯くんを無視してなんでもないフリして強がっちゃって、きっと嫌われるよ」
「圭介を嫌いになったりしない」
 颯くんは僕を睨んで言いました。それは例え話でもそんな事言うなという顔でした。僕が首肯くと、颯くんは
「本当に、俺は圭介の『一番』で居たいんだ。俺の中に、初めて住んでる他人だから」
 と目を伏せました。僕はこの時颯くんの心の中にも、悲しい気持ちがあるんだと初めて気が付きました。颯くん達の『考え方』を貫き通して生きるのは、僕が考えるより難しいのかもしれません。悲しくない生き方がこの世界には一つもないのかもしれません。
 僕は颯くんの心の中に居るという僕を想って
「颯くんの心の中にいる僕も、今謝りまくってるんだろうなぁ」
 と呟きました。颯くんはそれを聞くと僕の顔を見て「はずかしい事言うなよな!」と真っ赤になって怒鳴りました。それから
「もう帰る!圭介、おやすみ」
 と一度も振り返らずに走って行ってしまったのでした。僕は、今走って行った颯くんの顔が笑顔だったらいいなと思いながらその背中に「おやすみ!」と声をかけました。

  つづく
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by yoseatumejin | 2005-03-14 11:07 | 文/過日(全38回)

過日(31)

 「志のや」は大変な事になっていました。何故なら僕が『バイクに乗った見知らぬ若い男に誘拐された』事になっていたからでした。海の中から颯くんが、僕の姿を見ていたのでした。警察に届けたりはしていなかったのですが、二人は「志のや」を近所の人に頼んで、あっちこっちと探してくれていたのでした。そこに僕がひょっこり林のバイクに乗って帰って来たのです。
「済みませんでした!」
「今度からは、ちゃんと連絡して行きます」
 僕と林は必死の謝罪ですぐに許して貰えたのですが、どうして僕はこんなに人様に迷惑をかけてばかりいるのかと落ち込んでしまいました。
「林、ごめん。僕はどうも駄目らしい........人様に迷惑ばかりかけている」
 林を部屋に案内しながら僕が頭を下げると、林は
「まぁ、誘拐したオレも悪いワケよ」
 と笑いました。そして
「安田、あんまり気にするなよ」
 と僕の落ち込みを見て取って言ってくれたのでした。
 でも僕は、この一日で自分がどれほど成っていない人間であるか思い知りました。きちんと生きて来なかったツケは、こういう形で現れて来るのだと実感しました。何一つ知らない僕、何一つ気付けない僕、人としての生き方を全く知らない僕。この先、僕が生きて行く上でまだまだかけてしまうだろう『人様への迷惑』の量を考えると、僕は胸を掻きむしりたい衝動にかられてしまうのでした。弱い自分、それ以上に嫌なものが在るのだと、僕は知ってしまったのです。

 夜、コンコンと僕の部屋をノックする音がした後
「圭介。俺、もう怒ってないから入ってもいいか」
 と颯くんの声が聞こえました。僕が扉を開けると、颯くんは「ほら怒ってないだろ?」と笑いましたが、その顔は明らかに怒っているのでした。颯くんはそれから「散歩に行こう」と言って、僕の腕を取るとさっさと「志のや」を後にしたのでした。
「颯くん、今日はごめん」
 僕は、とっとと歩く颯くんの背中に向って言いました。今日は月も細くて、雲も多いせいか闇の色が濃いのでした。そんな中、颯くんの背中を見ていたら僕はなんとかして早く仲直りしたいと願わずにはいられなくなって、まるで颯くんに置いて行かれてしまうんじゃないかとかそういう良く分からない不安も胸の中に湧いて来て堪らない気持ちになりました。
「もう怒ってないって言ったろ」
 颯くんは振り返らずに言いました。僕は颯くんの顔が見たくて、颯くんの前に回り込みました。
「颯くん........」
 颯くんは泣いていました。怒った顔のまま、泣いていたのでした。僕は自分がどうして颯くんを泣かせてしまったのか分からなくて
「どうして、泣いてるの?」
 と聞きました。
「圭介、何にも分かってねぇのな........。馬鹿みたいだ、俺」
 颯くんは、僕の言葉に傷付いた瞳をしました。僕はやっぱり駄目です。駄目なのでした。
「ごめん....ごめん、颯くん」
「謝って欲しくない」
「ごめん....あ、また言ったね。僕は駄目だね、颯くんを傷付けてるって分かってるのに、その理由は分からないんだ........」
「圭介は、自分ばっかり俺の事好きだとか言ってるから分かんないんだよ。俺だって、圭介が好きなんだって気付けよ。そうだよ、俺も圭介が好きなんだ。だから傷付くの当然だろ?俺は、自分の意志で圭介の過去の話を聞かなかった。本当は詳しく教えて欲しいって思わないワケじゃなかった。でも、それを聞いてもしょうがないって知ってるから。そこに俺はいないから。だから、聞かなかった。圭介、お前後三日しかないって分かってなかったろ!俺と居られるのは、後三日なんだぞ!何で、大切だって気付かないんだよ!過去の話しろって言ってるんじゃない。俺の事好きだって言ってる癖に、なんで分かんないんだよ」
 颯くんはそう言って、砂の上に座り込んで膝を抱えて俯いてしまいました。

  つづく
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by yoseatumejin | 2005-03-11 10:26 | 文/過日(全38回)

過日(30)

「なんか、五万少ない........」
 僕が不思議な顔でそう言うと林は、
「そうだろ。オレがもらったんだよ」
 と邪気のない顔でニコニコ笑うのでした。
「なんでお前が?交通費?」
「そう。バイク金かかるじゃん。ガソリンもいるし」
「だからって五万は多くないか?」
「謝礼だよ。謝礼と言えば、一割だろ?一割って言ったら、五万だよな?な?」
「そうだけど」
 あまりに林が悪びれていないので、僕は強く言えませんでした。このお金は、花寿子の物です。花寿子が僕にくれたのであって僕のお金ではないのです。だから、林が一割だろうが十割だろうが必要だと言うなら、僕がどうこう言って良いものではないような気がしたのでした。
 林は僕が黙っている理由が分かったようで
「お前、本当に良い奴だよな。今、オレがまだ足りないからくれって言ったらくれるだろ?」
 と今にも吹き出しそうな顔で言いました。僕が頷くと、とうとう我慢しきれなくなったようで林は本当に吹き出してしまいました。一人で思いっ切り笑う林はレストラン内でも浮いていて、アイスコーヒーを運んでくれたウェイトレスさんも腰が引けていました。
「林、大丈夫か?」
 僕はいつまでも林が笑っているので、色々な意味で心配になりました。こんな時は僕も一緒に笑った方が、店の人達に林が怪しい人だと思われずに済むだろうか?とか考えてみたのですが、こんなに出遅れてから笑っても、逆に二人共怪しまれるだけだと諦めました。
 ひとしきり笑い終わった林は、片手を僕の方に向けて謝りながら
「悪い、安田はこんな奴だったのかって思ったら可笑しくてさ。今までは人付き合いが嫌いな坊っちゃんだと思ってたからな。だから、本当のお前が考えてる事が分かったのが嬉しくてさ。単純だなぁ、安田は」
 と言うのでした。
「単純って酷いな」
 僕は内心嬉しくて堪らない気持ちなのでしたが、恥ずかしくて林の揚げ足を取る様に単純と言われて傷付いたぞという顔をして見せました。それを見た林がまた笑い出しそうだったので、僕は慌てて「さ、飲もう!」と言って、さっさとアイスコーヒーを飲み干しました。
「ホント悪かったよ安田。笑ったりして。話戻すな」
 林は必死になってアイスコーヒーを飲み干した僕を眺めながらそう言いました。
「話?」
「だから、何で花寿子ちゃんがオレに五十万を預けたかって事だよ」
「それは、僕の友達で唯一花寿子が知ってるのがお前だからだろ?」
「そりゃそうだが、そう言われたら話終わっちまうだろ?オレがお前の友達だってだけで、花寿子ちゃんみたいなしっかりした子が五十万もの大金他人に渡すかって事だよ」
「........そうだな」
「花寿子ちゃんは、お前の事良く分かってるよ。安田、お前もうすぐこのアルバイト終わるんだろう?これから、どうするつもりだったんだ?」
「そうか」
 僕はあの家に戻らないと決めたけれど、決めただけでその先を考えていなかったのです。
「そうか、じゃねえの!」
「ごめん........考えてなかった。そうだよな、アルバイトもうすぐ終わるんだった」
「これから先、ここにずっと居るワケじゃないだろ?」
「うん。大学はきちんと通いたい。学費を出してもらえるなら、なおさら無駄にしたくない」
 今、自分は何も持っていないのだと僕は知っていました。何も持たない僕が一人で生きていける程、社会は甘くないと僕は感じていたのです。その為に僕は、大学に通いながらきちんと自分を見付けたいと思っていたのでした。
「通うって言ったってお前、どこから通うんだ?ココか?無理だろ?じゃあ、どっから通う気だったんだ?」
 林は僕の前で、あっちこっちと指差しながらそう言って見せました。
「それも、考えてなかった........」
 本当に僕は考えていなかったのでした。あの家を出る、出ると思うだけでもう出た気でいたのです。大学には通いたい、自分を見付けたい、そう思っているだけで、僕は具体的には何一つ考えてはいなかったのでした。自分がどんなに甘い人間か、僕は分かっていなかったのです。
 地に足を付けないままで何かを考えたって、それは机上の空論なのだと言う事に僕は全く気付いていなかったのでした。
「花寿子ちゃんは、お前が困るだろう事を十分知っててオレに頼んだんだよ。オレに、兄さんと一緒に暮らしてくれって。オレが一人暮らしだって知ってたんだな。お前と暮らすのも悪くないなと思って、引き受けた。その手続きも花寿子ちゃんとオレがやってやったの。だからここに来る交通費以外にも色々雑費が掛かって、一割貰ったんだよ。じゃあ、おじさん達から貰った金が高すぎるって思うだろ?そこが、花寿子ちゃんが本当にお前の事思ってる証拠なんだよ。もし、お前の方がオレと一緒に暮らすのなんか嫌だって言った場合、五万じゃ何も出来ない。ここのアルバイト代で安アパートが借りれたとしても、それから先の生活が直ぐに苦しくなる。花寿子ちゃんはそれを知っているんだよ。金はあっても邪魔にはならないからな。本当に良い子だよ。」
 僕は何も言えませんでした。本当に、何も言えませんでした。涙が溢れて流れるばかりでした。言葉に出来ない、僕の中でそれはもう言葉には出来ないものでした。何で、何で、何で僕は『何一つ』物事を知らないんだろう。僕が精一杯の気持ちで頭を下げたら、林は
「これからよろしくな、相棒」
 と僕の頭に軽く拳を当てました。

  つづく
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by yoseatumejin | 2005-03-10 10:24 | 文/過日(全38回)

過日(29)

          六

 海十さんが帰ってからも、颯くんは海に出ていました。
 僕は休憩時間になると、颯くんを探して散歩する様になりました。今まで僕の中でただ巨大な水溜まりだった海が、颯くんがどこかに居るんだと思うと毎日姿が違う様な気がして来るのでした。風の強い日はぱちゃぱちゃとあっちこっち遠くまで波が立つし、空一面曇りの日は今にも雲が海を飲み込んでしまいそうに見えるのでした。
「おーい、安田ぁ!」
 誰かに名前を呼ばれた気がした僕が振り返ると、海岸沿いの道からバイクに乗った林が手を振っていたので僕はびっくりしてしまいました。林が何故ここに?という気持ちで林の元に駆け寄って
「お前、どうしたんだ?」
 と聞くと林は僕の質問を無視して、
「ほらよ」
 と僕にヘルメットを投げました。それから、呆然としている僕に後ろに乗れと合図して、僕が乗るとさっさと発車してしまったのでした。
 僕は乗ってしまってから、このままだと仕事をサボるハメになるという事に気が付いて真っ青になりました。どうして僕はこう思慮深くないのだろうか。
 しばらく山道を走った林は、道の駅と書いてある遠くに海の見えるレストランに入りました。
「真っ青だけど大丈夫か?」
「どうするんだよ、仕事中なんだよ」
 僕がそう訴えると林は「なんだそっちか」と笑って
「お前、プラプラ歩いてたから暇なんだろ?」
 と全く気にしていない様でした。横を通ったウェイトレスさんにメニューも見ないで「アイスコーヒー二つ」と注文している姿を見た僕は、ここまで連れて来られたら歩いて帰る事も出来ないので素直に怒られようと諦めました。
「で、林。お前なんでこんな所まで?」
「ツーリング。と言うのは半分嘘で半分本当だな。迎えに来たんだよ、お前を。山中と佐伯にお前のバイト先聞いて、あまりの遠さにびっくりしたぜ。でもさ、絶対邪魔しに行くって言った手前来たよ、オレは」
 そう言って「オレって、約束を守る男だろ」と笑いました。
「ありがとう、林」
 僕は、林が僕を責めないでくれたのでホッとしました。その上、わざわざバイクで迎えに来てくれた事が嬉しかったのでした。
 けれど林はそんな僕の顔を見て、ふいと視線を外して
「悪い、迎えに来たって言うのも半分だけ本当。残りの半分は花寿子ちゃんに頼まれたから、来た」
 と言ったのでした。
「どう、して........妹が?」
 林の口から花寿子の名前が出て、僕は咄嗟に動揺を隠せませんでした。
「これを渡してくれって頼まれたんだ、五十万。お前、家を出たんだろ?その頭金だってさ。頭金って言っても、その後仕送りも援助もナシって条件付きだけどな。最低限の学費だけは、今まで通り出してくれるそうだ。これ、花寿子ちゃんが必死で頼み込んでやっと出してもらったんだぜ。お前の親父さんとお袋さんに」
 林はそう言うと、封筒を僕に手渡しました。そして、
「安田、詳しい事は聞かなかった。けど、大変だったんだなお前」
 と言ってくれたのでした。僕は受け取ったばかりの封筒をギュッと握り締めました。僕の為に、花寿子は今まで戦ってくれていたのです。父と母を、僕の為に説得してくれたのです。林にも頭を下げてくれたのです。逃げてばかりいる僕を、やっぱり許してしまう花寿子。いつか君の前で沢山のありがとうが言える様になりたい。
「林、本当にありがとう。迷惑かけ通してて悪い」
 僕は溢れそうな涙を必死で堪えて、林に頭を下げました。林はそんな僕をゆらりと眺めて
「そうでもないさ」
 と笑いました。そして
「それより、ちゃんと封筒の中身確認した方がいいぞ」
 と言いました。僕は林に言われて、封筒の中身を確認して見ました。四十五万ありました。

  つづく
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by yoseatumejin | 2005-03-04 10:37 | 文/過日(全38回)