カテゴリ:文/幸福な(全12回)( 12 )

幸福な大人(12)おわり

「あー、あのさぁ........今度の夏休み。あんたがこっちに来なよ」
 陽が傾き始めた頃。
 車に乗り込んだ叶子は、助手席の窓を開けるとニコニコと手を振って来る多香子に向ってぶっきらぼうな声でそう言った。
 多香子はそんな叶子の言葉を聞くとこくりと強く頷くと、
「うん!オバちゃんと一緒に遊びに行く!」
 と答えて、横に立っていた光恵を見た。光恵は、『そうだねぇ、一緒に行こうねぇ』と頷くと、
「叶子ちゃん、バアちゃんとも遊んでくれるかい?」
 と叶子に聞いた。
「あー、うん。....バアちゃんとも遊ぶよ」
「私ともだよ!」
「分かってるよ!」
「約束だからね」
「本当、あんたって約束魔だよね....」
「破ったら針千本〜!」
「飲まねぇよ!」
「えー、残念」
「つーか、お前に飲ませる」
「えぇ!私約束破ったりしないよぉ」
「あー、もう、ウザい。出発、出発」
 叶子は運転席側で碧と談笑していた母多香子の肩をバチバチ叩くと、そう言って出発を急かした。母多香子は『痛いわよ!叶子』と自分の左肩を大仰に擦った後、
「じゃあ、行こうか。遅くなると大変だしね」
 とハンドルを握った。
「多香子、運転気を付けてな。叶子ちゃんも、気を付けて。元気でな」
「多香ちゃん、また暇になったら戻って来てね。今度は、ぜひ叶子ちゃんと一緒に家に遊びに来て」
「おばちゃん、お年玉ありがとう。叶ちゃん、一週間楽しかったよ!私、夏休みには絶対遊びに行くから待っててね。沢山遊ぼうね。叶ちゃん、手紙書くね!叶ちゃん....ありがとう!」
 走り出した叶子は、遠くなって行く三人から沢山の言葉を貰った。
 それらの言葉達は、誰もが遠い別れの場面で貰う普通の言葉達に違いなかった。けれど、叶子はそんな言葉達が自分の胸の中でキラリキラリと言葉以上の輝きを持って光っているのを感じていた。
「じゃあねー!」
 窓から顏を出すと、手を振る。
 そして、手を振りながら叶子は自分に向って一番大きく手を振り返している多香子の姿に釘付けになった。
 そんな多香子の姿がどんどん小さくなって、角の向こうへと消え去った時叶子は、
「ありがとー、多香子!」
 と大きな大きな声で別れの言葉代わりにそう言った。
「本当、あんたって意地っ張りね」
 運転席の母多香子はぐいぐいと目元を擦っている叶子を横目に見ると、そう言って苦笑した。
「ウルサイ!」
「はいはい」
「なんだよ!言いたい事あるんなら言えよ!」
 叶子はキッとした目を向けると、母多香子に噛み付いた。が、母多香子はケラケラと笑うと
「良い旅をしたわね、叶子」
 と言った。
「....あ。........うん」
 叶子はサラリとそんな事を言われて、フイと窓の外に視線を向け小さく頷いた。
 不安とイライラを連れてこの村に来て、叶子が見つけたのは答えのない答えだった。
(でも。それでも何かが理解出来たようなそんな気がする)
「........雪、降り出しそうだ」
 叶子はゆっくりと遠ざかる白雪の山肌と太陽を隠す様に曇り行く空を見上げて一人言の様にボソリと呟くと、強く吹き込んで来た冬風に首をすくめ車の窓硝子を閉じた。


 数ヶ月過ぎれば、山間のこの地も雪解けを迎える。



  おわり
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by yoseatumejin | 2006-11-21 10:12 | 文/幸福な(全12回)

幸福な大人(11)

 6) つながる。さよなら。

 一月二日。
 別れの午後、叶子が母多香子と一緒に車内へ荷物を詰め込んでいると、多香子が白い息を吐きながら駆けて来たので手を止めた。
「叶ちゃん!」
「ハヨー」
「もー、お昼過ぎだよ叶ちゃん。それに、叶ちゃんの挨拶っていつも適当〜!」
「はぁ?そんな事ないだろ。それに、親愛だよ、親愛」
「本当!?」
「バーカ、あんた相手だったら適当に決まってんじゃん」
「酷ーい!」
 多香子は批難の声をあげると『もう、折角家のお父さんとお母さんが叶ちゃんにお年玉くれたけど、あげないからね!』と持っていたお年玉袋を叶子に見せてパッと隠した。
「あ、ヒド!何、人の物ギってんだよ」
「私にやさしくしないと、お年玉はあげない〜」
「はぁ!?充分優しいじゃん!」
「えーやさしいぃ?....じゃあ....何処がやさしいか言ってみてよぉ!」
 多香子はそう言うと、ウッと言葉に詰まった叶子の顔を覗き込んだ。
「ほら、ほら!」
「........あー、ほら、初詣で行ってやったじゃん」
「でも、あの後雪の中に突き飛ばしたー!」
「あんたなんか、私の背中に雪入れたじゃん!」
「あれは仕返し〜」
「ふざけんな」
 叶子がくわっと牙を剥きかけたその時、二人の後ろからくすくすと笑い声が聞こえて叶子は振り返った。そこには、
「大きくなったわね、叶子ちゃん」
 と叶子に笑いかける笑顔が多香子に良く似た女性が立っていた。
「あ、私のお母さんだよ、叶ちゃん」
「へぇ....似てるじゃん」
「初めまして。になっちゃうかな?叶子ちゃん。私が、多香子の母の碧(みどり)です。小さい頃に会ったけど、もう覚えてないでしょ?」
 碧は自分を見ている叶子にニコリと笑うとそう言って、『やっぱり叶子ちゃんの大きくなった顏見たくて、来ちゃったわ』と付け足した。
「あ....、はい....覚えてないです....」
 叶子は多香子の母とは言え見知らぬ他人に近い碧から、親愛の情を込めた視線を受けてどぎまぎした。
「叶子ちゃん、若い頃の多香ちゃんそっくりね」
「え....。........そうなんですか?」
 叶子は碧の言葉を聞くと、自分の後ろでニヤニヤと自分を見て笑っている母多香子を嫌そうに見上げ、やる気なげな溜息を思いきり吐いた。
「うわっ、何この子。盛大な溜息ついちゃって!」
「だって、ヤダ。サイテー....」
「ホント、家の娘は口が悪いわねぇ....」
「ふふ、多香ちゃんってば、叶子ちゃんに嫌われてるの?」
「....そうみたいねぇ。こんなに可愛く育てたのに」
 母多香子は、碧の言葉に頷くと、背後から叶子を軽く小突いた。叶子は後ろから小突かれて、一瞬キッとした目を母多香子に向けると、
「はぁ!?普段散々可愛くねぇ性格してるだの口が悪いだの文句言ってる癖に、何が可愛く育てただよ!?」
 と文句を言った。
「あーら。可愛くっていうのは、私の遺伝子が入った顏の事のみよ」
「自分自慢かよッ!」
「だって、口や性格は本人の努力次第だもの、ねぇ〜多香子ちゃん」
 母多香子は自分達の遣り取りを見て、隅でクスクス笑っていた多香子の肩を叩くとそう言った。
「悪かったな!どーせ、多香子みたいに良い子じゃねぇよ!」
「もう、叶ちゃんったら」
 多香子はふくれている叶子の顏を見てクスと笑うと、
「これをあげるから、落ち着いて」
 と先隠したお年玉を取り出して叶子に差し出した。
「........。....ありがとう....ございます」
 叶子はクスクス笑う多香子からお年玉袋を複雑な顏で受け取ると、碧に向って頭を下げた。
「いいえ、家の多香子の方が一杯貰っちゃったんで気にしないで頂戴」
「....はい」
「良かったわね、叶子。碧お姉ちゃん、ありがとう」
 母多香子は碧に向って軽く頭を下げると、照れた様に笑った。叶子は母多香子がいきなり碧の事を『お姉ちゃん』と呼んだので、不思議な顏をした。
「お姉ちゃん?」
「そうよ、多香子ちゃんのお母さんは私より四つ年上で、私はいっつも『碧お姉ちゃん』って呼んでたの。まぁ、今も呼んでるんだけどね」
「ふーん」
「あのね、おばさんとお母さんとっても仲が良かったんだって」
「へぇ」
「まあね、私がいっつもくっついてただけだけどね」
 母多香子は多香子の言葉に感嘆した叶子を見ると、てへへと笑った。
「ほら、私小さい頃から良く父親に閉め出しくらってたでしょ。そんな時、逃げ込んでたのが碧お姉ちゃんの家だったのよね」
「そうね、いつも『お姉ちゃーん』って泣きながら玄関叩いてたわよね」
 碧は母多香子の話に懐かしい目をすると、そう言った。
「はは、そうだったわ。恥ずかしいー」
「良いじゃない。懐しいわ」
「うん、まぁね....」
 母多香子は真っ赤になって俯くと、叶子の腕を肘で突いた。叶子は自分の横でそんな風に照れまくっている母多香子の姿に呆れた顏をすると、小さく苦笑した。
「何照れてるんだよ、恥ずかしい」
「もー!照れる位いいじゃない」
「そんな所、多香ちゃん変わらないわよね」
「もー!碧お姉ちゃんもそんな事言わないでよー」
 母多香子はにっちもさっちも行かなくなったのかプルプルプルと頭を軽く揺すると、碧の手を引いて『ちょっと、家の中で寛いで行ってよ』と逃げ出したのだった。
 叶子はそんな母多香子の姿を見送ると、
「昨日あんな偉そうな事言ってた癖に、ガキじゃん」
 と笑った。多香子はそんな叶子を見つめると『叶ちゃんとおばさん、やっぱり似てるよね』と笑った後、
「私の名前がおばさんと一緒なのはね、理由があるんだよ」
 と言った。
「何?どんな理由?」
「あのね、お母さんが小さい頃おばさんと約束したんだって。『そんなにお家が嫌なら、いつか多香ちゃんを家の子にしてあげる』って」
「はぁ?」
「ほら、おばさんのオジちゃんって凄かったみたいでしょ。それでおばさんはいつもお母さんに『碧お姉ちゃん家の子になりたい』って言ってたんだって」
「うわー、ベター!」
 叶子は、自分の母親がわんわん泣いて多香子の母親に縋り付いている姿を想像すると苦笑した。そして、多香子の話の中身を理解して
「つまり、あんたのお母さんは家の母親の小さい頃の希望を叶えるべくあんたの名前を『多香子』にしたって訳?」
 と言い
「それって、嫌じゃねぇ?」
 と付け足した。多香子は叶子のストレートな質問にうーんと苦笑すると、
「微妙かなぁ」
 と答えた。
「私が多香子って名前だからって、おばさんの代わりにはなれる訳じゃないでしょ?それに、おばさんは今元気に叶ちゃんのお母さんをやってる訳だし....。でもね、そう思うのと反対に、お母さんはそういう事も分かっててそれでも私に『多香子』って名前を付けたんじゃないかなぁって気もするんだ。私をおばさんの代わりと考えて『多香子』って付けたんじゃなく、『多香子』という『私』を幸せにしてあげたかったんじゃないかなぁって」
「....あんたの理論展開は、相変らず意味不明に難しいよ!」
「そうかなぁ」
「だってさぁ、結局さぁ、『多香子』を幸せにしたいってだけじゃんソレ」
「そうだね」
「....つまりさぁ、あんたじゃなくても良いみたいじゃん....」
「でも、私は多香子だもん」
「........そうだけどさぁ」
「きっとね、叶ちゃんのお母さんの名前が多香子じゃなくても、私の名前は『多香子』だったんじゃないかなぁって思うの。私は私で、だからこそ『多香子』なんだって」
「はぁ....分かんねぇ....もう良い、その話止め。頭痛い」
 叶子はポリと頭を掻くと、首を横に振った。多香子はそんな叶子に微笑すると
「叶ちゃんもね、きっとそうだよ。叶ちゃんは叶ちゃんだから、『叶子』なんだよ」
 と言った。
「....ホント、あんたって楽天家だよね」
「そうだね!」
「威張ってるよ、オイ」
「だって、そんな風に思えるって事は、今自分は幸せだって事でしょ?不幸だったら、どんなに頑張っても暗〜くなっちゃうもの。そうならないって事は、私は今幸せなんだなぁってそう思うの」
 叶子は二コと笑ってそんな事を言う多香子に、目を見開いた。
 そして胸の内で『自分『完敗』じゃん....っ!』と叫んだ。自分の気持ちの動きをただ真っ直ぐに受け止めて、それを言葉という『答え』にきちんと変換して行ける。それは、林檎を見て『あれは林檎だ』と答える事で、つまりは簡単そうで難しいのだ。つい他人に笑われたくない一心で自分の気持ちの出所に理由を求めて、その理由がきちんとしてなければ直感の様なその『答え』なんて握り潰すしかないと、間違いでしかなかったと、言ってしまう者だって居るのだから....。
「....ホント、幸せな奴」
 叶子は呆れ顔で溜息すると、悔し気にそう言った。
 多香子はそんな叶子の顏を覗き込む様に見つめると、ケラと楽し気な声で笑った。そして、
「ありがとう、叶ちゃん」
 と小さくペコリとした。
「何でそこでお礼なんだよ....」
「だって、叶ちゃんは『私』を分かってくれたんでしょ?それって、嬉しい事だよね!」
「!........本ッ当、あんたって幸せな奴ッ!」
 叶子は全くもって自分の完敗を自覚させられて、真っ赤になってそう言った後はははと声をあげて笑った。それは、胸の中が『スカッとした!』という表現が一番似合いそうなそんな気持ちから出た笑い声だった。

  つづく
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by yoseatumejin | 2006-11-17 10:35 | 文/幸福な(全12回)

幸福な大人(10)

 その夜。夕食を食べ終えた叶子は、炬燵でうとうとしている所を携帯の鳴る音に起された。
『ぬぁ........もしもし?』
『カーノ!元気ィ?』
『あー。生きてる生きてる。ってゆーか、あんたテンション高ッ!』
『そう?普通じゃん?』
『つーか、こっちがうたた寝ってた』
『ハハハ。でも、この前死にそーだったのに蘇ってんじゃんカノ』
『そう?やっぱ、そう?』
『うん、うん!田舎馴れ?』
『バーカ!田舎馴れっか!つーか、不死鳥ったの。っていうか、私不死鳥だった!』
『スゲーじゃん!てか、不死鳥とか最高嘘じゃん!』
『嘘じゃねぇって、羽根生えたもん。背中にパァアって』
『マジで!?』
『嘘だよ』
『えー!ウソー!?』
『つーか、自分で最高嘘つってたじゃん。最初っから信じてねぇじゃん!』
『バレたよ』
『イヤ、バレバレだし』
『ねぇ、カノさぁ明日帰るの何時?』
『あー、夕方』
『次の日ヒマ?』
『うん。ヒマヒマ』
『じゃあ、カノも参加にして良い?』
『何に?』
『なんかー、この前みんなで集まった時さぁ『オレ達も旅』とかゆー話で盛り上がってさぁ』
『ねぇ、『オレ達も旅』ってなんかのパクリじゃん!つーか、『オレ達も旅』って何?』
『だからー、自分探しの旅』
『はぁ?』
『なんかね、『もう高校生だしぃ、自分達の中に眠っている才能を見つける旅をしようぜ!』とか三浦のヤツが熱く言い出してぇ、今度現代美術館にみんなで行く事になった訳』
『はーぁ?スゲェ、意味不明!』
『でしょー!最高自分等に似合わなくない!?』
『似合ってねー!』
『そうなんだよねぇ。ゼッテー絵とか見ても訳分かんないよ私等。『だからこそ意味があんじゃん!』とか言ってっけどさぁ。まぁ、楽しそうだし盛り上がってるからさぁ』
『オレ達も旅』
『そう、『オレ達も旅』』
『行きてー!』
『マジ!?』
『マジ!マジ!!』
『じゃあ、カノ参加っつとくね』
『お願いー!』
『じゃあね、カノ』
『サンキュー!ヨロシクッ』
 電話を切った叶子は、なんとなく嬉しくなってフッと笑っていた。
(もしかしたらさ、私等って....結構色々考えてる?)
 そんな風にも思えてしまう。
 ただ面白がっているだけかもしれない。けれど、皆が何処かで『自分自身』を見つめようとしている姿に、叶子は安心した自分が居る事を感じていた。
(立派な大人はムリかもしんねぇケド........)
 嫌いじゃない自分には、なれるかもしれない。
 それが母多香子が言った『幸福な大人』かどうかは、分からないけれど....。
「何、気味悪い笑いしてるのよ叶子....」
 母多香子は自分の横でクスリと一人笑みを浮かべている叶子の姿に、少し呆れた顔をした。叶子はそんな母多香子に向ってニヤとした顔を作って向けると、
「私さ、明後日『オレ達も旅』行ってくるから」
 と言って笑い転げたのだった。

  つづく
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by yoseatumejin | 2006-11-14 10:16 | 文/幸福な(全12回)

幸福な大人(09)

「お母ぁさーん、兎が二羽帰って来たわよぉ。タオルー!」
 母多香子は泣き腫した瞳で居間に入って来た二人を見留めると、台所に向ってそう叫んだ。そして、「道に落として....汚した」
 と怒った様に口を尖らせ泥だらけになったダウンジャケットを差し出した叶子から黙ってそれを受け取ると洗面所へと消えた。
 そんな母多香子と入れ違いにタオルを抱えて居間に入って来た光恵は
「おやおやまぁ」
 と呟くと二人にタオルを渡して「喧嘩でもして来たのかい?」と聞いたが、二人はその問に無言で違うと首を振った。
 光恵は、その二人の仕草が全くもってそっくりなのでクスと一つ笑った。
「そうかい。それなら良いよ。じゃあ、おやつにあんころ餅でも焼こうかね」
 そうして居間に二人だけになった叶子と多香子は、炬燵に足を入れると、台所から聞こえてくるガスコンロにカチと火を入れる音と、洗面所のジャーという水音を聞きながら、縁側の解け出した雪兎をぼんやりと見つめた。
「....こうやって見たらさ、この辺の雪って北海道とかに比べたらナイのと同じだな」
 叶子は雪解けたかつての雪兎から視線を多香子の顏に移すと、ポツリとしたしゃべりでそう言った。
 多香子はその声にこくりと小さく頷くと、
「....そうだね。屋根登ったりはしないもんね」
 と答えた。
「....あと、関係ないけどさぁ。冬休みとかここら辺のヤツって、普段何して遊ぶわけ?」
「うーん。友達の家に集まってゲームするとか、外で小さい子と一緒になって遊ぶ....かなぁ」
「............」
「うわ....、酷い叶ちゃん....。あからさまに面白くなさそうな顔しないでよぉ」
「だってさ....。きっと私飽きる、ソレ....」
「じゃあ、叶ちゃんは普段何して遊ぶの?」
「えー....まぁ....カラオケでオールとか、ライブ見るとかかなぁ」
「あ!ライブって、歌歌ってる所だよね」
「うん。まぁ、そっちも行くんだケド。一人さ友達が、お笑いのライブが好きで良く行くんだ」
「お笑いって、芸人さんの?」
「そう。劇場とか借りて、生でコントとかやるのもさぁライブって言うんだ」
「ふーん。そうなんだぁ。見てみたいなぁ」
「結構、笑える奴居るよ。テレビにまだ出てないヤツとかでも、ファンとか居るしね」
「へぇー、そうなんだ。楽しそうだなぁ」
「あー、笑えると思うよ。....つーかさ、ライブ好きのそいつ見てる方がウケるかも」
「へぇ、そうなんだ」
「うん。マジで笑える。そいつさ、私等全員を教室の左半分に寄せさせて授業受けさせた事があったんだ」
「えぇ!?狭くない?」
「狭いよ。マジ狭。でもさ、チャイム鳴って授業に来た先生が『なんじゃこりゃ!どうした一体!?』とか言っても、そいつ『先生早く授業始めて下さい』とか真面目な顏して言ってさ、机がひしめき合ってる事には触れさせねぇの。みんなもさ、内心大ウケなんだけど、全員『早く授業始めて下さーい』とか真面目ぶって本当に私語厳禁にして真面目に授業受けた訳。でも左半分でキュウキュウじゃん?もう椅子とか隙間ねぇから先生が『立って読め』とか言っても無理じゃん。でもさ、中腰とかで足プルプル震えさせながら差された奴が必死で読むわけ。もー、可笑しくて可笑しくて。でも声出して笑えないから、みんな肩とか震えてて授業中ずーっとプルプルしてるの。チャイム鳴った後、全員笑い死んだね。次の授業、もう授業所じゃなかったもん」
「わぁー。見てみたかったーその光景!」
「最高笑えたよっ。だって、三十六人が全員小さくなってプルプル震えてるんだよ。もう、ウケるって。椅子とか机がカタカタ言うしさぁ〜」
 叶子は話している内にその光景を鮮明に思い出した様で、ケタケタと大きく笑った。多香子はそんな叶子につられる様に笑うと、
「行ってみたーい!叶ちゃんの学校、楽しそう〜っ。ウチの学校人数少ないからなぁ〜良いなぁー」
 と本当に羨まし気な声をあげた。
 二人がそんな会話で大笑いしていると、
「もう、叶子ったら。何、馬鹿笑いしてるのよ....。本当、家の娘は学校でロクな事してないわね」
 と洗濯を終えたらしい母多香子が苦笑しながら入って来た。
「も〜、ウルサイなぁ。良いじゃん、真面目に授業受けたんだから」
「そんな事言ったって、プルプル震えてたらノート取れないでしょうが?」
「取ったよ、取った」
「本当にィ?」
「まぁ、後で誰のも読めなかったけどね!」
 多香子は叶子の台詞を聞くと、ははははははーっと転げ笑った。母多香子はそんな二人を見下ろすと、丁度焼けたあんころ餅を持って来た光恵に向って肩を竦め苦笑ついでに深く嘆息してみせて
「はぁあ。これが、箸が転げても可笑しい年頃って奴なのよね....」
 と呆れた顔を作ったりした。

  つづく
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by yoseatumejin | 2006-11-10 10:21 | 文/幸福な(全12回)

幸福な大人(08)

 窓際から覗いた縁側には、緑色の耳をした白い兎の後ろ姿が二つ。
 なんとなく寂し気にちょこなんとしていた。
「あれ、夕方には溶けてるんだろうな」
「うん。この辺って、夜中に降って昼過ぎに溶けての繰り返しだからね」
 多香子は叶子がぽつりともらした問いにそう答えると、
「お年玉どれ位貰った?」
 と話しを変えた。
「あー、バアちゃんが一万と母多香子が五千だった」
「私は五千円と三千円だったよ」
「........なんで私とあんたが二千円しか違わないんだろうな、あの母親」
 叶子は襖を一瞥すると、台所で光恵と談笑しているらしい母多香子に向けて頤をしゃくった。多香子はそんな叶子の言葉に苦笑すると、
「今から私の家に来てお年玉貰う?」
 と言った。
「イヤ、別にいい。会った事ないし」
「そうだね」
「そういえば、あんた。家の母親の事、前から知ってたわけ?」
 叶子は、先の裏庭での二人の雰囲気を思い出してそう聞いた。
「うん。おばさん時々オバちゃんの所に来てたでしょ?その時何度か会ってるんだ。それで叶ちゃんの事も聞いてて、だから私叶ちゃんの事前からずっと友達みたいに思ってた」
「ふーん。それで、やけに図々しかった訳だ....」
「もー、叶ちゃん酷い〜!」
「だって、あんたマジでウザかったもん」
「本当、良く私めげなかったよねー」
「自分で言うな」
「駄目かな?自分で言うの」
「ダメだろ」
「残念」
 多香子はポソと悔しそうにそう呟くと肩を竦めて笑った。叶子は一人で笑っている多香子に視線を向けると、
「ねぇ、ここに居ても退屈だし散歩行こ、散歩」
 と多香子を自分から外へと誘った。


 外に出た叶子は、歩き初めて直ぐビュウと過ぎ去って行く山風に首を竦めた。
「あー、やっぱ寒ぃ....」
「そうかなぁ?普通じゃない?日差しあったかいし」
 多香子は小さく丸まっている叶子を横目に、太陽を見上げる。
 確かに空は雲一つない晴天で、冬の斜に延びた日差しが地上に差していた。
「やっぱ家帰ろっかなぁ....」
 叶子は家のある後ろを振り返ると、出て来たばかりだというのにそんな事を言った。
「そんな事言わないで、散歩しようよ」
「分かってるよ....」
「オバちゃんの畑まで連れてってあげる」
「えー、タルい」
「すぐ着くって!すぐ」
「マジで?すぐ着かなかったらシメるよ」
「もー、叶ちゃんが私を散歩に誘った癖に〜」
「それとこれとは別だろ....」
「一緒だよー!」
 多香子は叶子の台詞に呆れると、ぱしと叶子の背中を叩いた後でエイエイと押した。
「自分で歩けるよ!」
「早く着かなかったら、私シメられるんでしょー?イヤだもん」
「押すなって、コケる!コケる!」
「大丈夫、大丈夫」
「勝手言うな〜!」
 叶子は背中を押されて駆けながら、文句を言いつつもカラカラと笑った。
 そうやって押しあいへし合いしながら光恵の畑に着いた頃には、二人はゼイと息を切らし額に汗をかくほどだった。
「アチぃ」
「汗出て来ちゃったね、叶ちゃん」
「ジャケット邪魔くさ!」
 そう叫ぶと、ザバザバと来ていたダウンジャケットを脱ぐ。
「ね、外で遊ぶと暑くなるでしょ?」
 多香子は上着を脱いだ叶子を見ると、ニヤと笑って上機嫌にそう言った。
「ウルサイなぁ、分かったよ。ハイハイ、外で動くと暑いデス!」
「やった!」
「....でさ、どこら辺がバアちゃんの畑な訳?どこも真っ白で訳分かんねぇ」
「えっと、この辺全部オバちゃんの土地なんだけどみんな人に貸してるんだ。だから、オバちゃんが家庭菜園してるのはこの辺からあっちとそっちの方までだよ」
 多香子はそう答えると、自分達が立っている場所から三十メートル四方を指差した。
「へぇ。....あんたって、家のバアちゃんと本当仲良いんだな」
「うん。仲良いよ!きっとオバちゃん、叶ちゃんとなかなか会えない分、私を可愛がってくれてるんじゃないかなって思う」
 こくんと頷くと多香子は、そんな風に光恵との仲を説明した。
 そして、自分の隣で静かに辺りを見ている叶子に目をやると、
「私ね、一度で良いから叶ちゃんをここに連れて来てあげたかったの。私も時々オバちゃんの畑仕事手伝ってるんだ。それでね、ここで出来たお野菜をオバちゃんが叶ちゃん家に送ってるのも知ってたから、叶ちゃんに『その野菜達はここで生まれたんだよ!』って....ずっと教えてあげたかったんだ」
と言った。
 叶子はその言葉に、なんとなく多香子と自分がずっと前から見えない繋がりを持って生きて来た様な気がした。それは、ピンと張った強い糸とは違う緩やかなけれど切れる事のない毛糸の様なフワとした繋がりを感じさせた。
「そっか....うん。綺麗な場所だよ、ココ」
「でしょ?綺麗だよね。私、ここから見る村が一番好きなんだ」
「............そ」
「............うん」
「................」
「................」
 二人はそれから長く長く沈黙した。
 そして眼前に広がる白雪の畑を見つめていた。
 白雪の畑は、区画がそうさせるのか、真っ白な海原の様だった。
 叶子はその白波の様な景色を厭きず眺めながら、自分の中に溜まっていた色々の想いが静かに押し流され答えのない答えへと連れて行かれるのを感じていた。
「....ずっとさ、私。........自分の事、どうでも良い人間だと思ってた。偉くもないし、性格悪いし、取り柄もないしさ。夢とか希望も持ってなくて、欲しいとかも思ってなくて....自分が生きてるって事を、自分自身が『どうでも良いだろ?自分』って感じてた。だからさ、自分がないから他人の真似ばっかしてさ、その癖その他人を馬鹿にしてさ........『良い所ないな、自分』って思ってた。そうやって....ずっと自分で自分に見切りつけてた。誰も自分に期待なんかしていないんだから、誰も自分なんかまともに見ちゃくれないんだから適当やってれば良いじゃんってさ....。そこそこん所にくっついて行って、痛い思いさえしなれば良いじゃんってさ....」
「うん」
「それなのにさ、この頃ずっとイライラして不安になって訳分かんなくて....『良いじゃん、良いじゃん』って自分に言い聞かせてもなんかダメでくしゃくしゃして....友達嫌いじゃないのに一緒に居たくなくて....ウザイとか思っちゃって、そんな事思った自分がまたイヤで自己嫌悪とかしちゃって....サイテーな自分がますます最低になっちゃってさぁ。『お前何様!?』とか思ったりして....」
「うん」
「でも、そんなサイテーな奴なのに、やっぱり自分可愛くてさ。どうでも良いって思ってる癖に、自分が可愛くてさ....自分じゃないモノばっか責めて、馬鹿にして、紛らわせてた。今日だってさ、家の母親に雪投げ付けちゃってさ........」
「うん」
「本当は『ありがとう』って言わなきゃいけないのに、雪投げ付けちゃってさ....」
「うん....」
「....でもね、私バアちゃん家に来て良かった。....ここに来て、良かった。ここに多香子が居てくれて....本当に良かったっ!」
 叶子はそこまで話すと、『今、本当にそう思うっ!』とボロボロと泣きながら多香子に抱き付いた。
「叶ちゃん........」
 多香子は自分の胸の中でしゃくり上げている叶子の背中をトントン叩くと、
「叶ちゃん....私達、会えて良かったね」
「私ね、ずっとずっと叶ちゃんに会いたかったんだよ。ここ、歳の近い子が一人も居ないんだ。三つ四つ年上か、すっごく小さい子しか居ないの。....もちろん、バスに乗って学校に行けば仲の良い友達が一杯居るよ。みんな大好きだよ。でもね、ずっとずっと叶ちゃんに会いたかった。私が今暮らしているこの大好きな場所から繋がってる、同じ歳の叶ちゃんにずっとずっと会いたかったんだよ」
 と言った。
 山の斜面を段々に切りながら広がる雪畑の中で、二人は延々泣いた。それは説明の出来ない胸の内から溢れて来る熱くて透明な言葉達に違いなかった。

  つづく
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by yoseatumejin | 2006-11-01 10:39 | 文/幸福な(全12回)

幸福な大人(07)


 5) 幸福な大人

 午前十一時半頃。
 炬燵でダラダラしながら叶子が携帯で遊んでいた時、玄関のチャイムが鳴った。
 光恵に頼まれしぶしぶ玄関を開けると、母多香子が土産袋を片手に笑顔で立っていた。
「............」
「明けましておめでとう、叶子」
「あー、おめでと。てゆうか、自分の実家じゃん。チャイム押さずに勝手に入れよ」
「暮れても明けても口の悪い娘ね」
「会うなりムカツクッ!」
「宿題ちゃんとやってる?」
「やってる、やってる」
「うっわ、嘘だわ。初嘘聞いちゃったわ」
「ホント、多香子って名前サイアク〜」
 叶子はわざわざ両手で頬っぺたを押えて驚いて見せる母多香子に呆れた顏をすると、とっとと居間に引き返した。母多香子は叶子の後ろをクスクス笑いながら付いて行った後、台所に光恵の姿を見つけて土産と共に挨拶をしに向った。
 そんな時、玄関をガラリと開けて多香子が
「おはよーございます!」
 とやって来て叶子は『速攻でダブル多香子だよ....ヘビィだ』とげんなりした。
「おはよう、叶ちゃん」
「あー、はよはよ」
「適当ー!」
「もう良いじゃん、適当で....」
「酷い〜」
 多香子はむくれながら炬燵に入ると、台所の話し声を聞き取った様で『お客様?』と聞いた。
「あぁ、母親来た」
「おばさん、私と同じ名前なんだよね!」
「終わってるよな」
「何でそんな事言うの〜?」
「ダブルでウザい」
「分かった!叶ちゃんが私に冷たいのは、私がおばさんと同じ名前で羨ましいからだ!」
「どんな理屈だよ....」
「人権問題だよ、それ!名前で好き嫌いしちゃ駄目だよ叶ちゃん!」
「だーかーらー、あんたのその論理はどっから発生してるんだってーの!」
 叶子は多少図星かと思いつつも、またまた出て来た多香子の理論にうんざり顔で突っ込みを入れると、
「それより、昨日の、どうするんだよ?」
 と話を変えた。
「あ、そうだった」
 多香子はパチンと手を叩くと『さぁ、作ろう!』と叶子の腕を取った。
 嫌々言いながらも裏庭に連れ出された叶子は、嬉々とした顔で植わっている庭木からぷちりぷちりと常緑の葉と赤い実を千切っている多香子に
「何すんの、ソレ?」
 と質問をした。
「本当は耳にはユズリハ・目には南天(ナンテン)の赤い実なんだけど、オバちゃんの家には深山樒(ミヤマシキミ)しか植わってないから、ちょっと拝借〜」
「はぁ....何言ってっか分かんねー」
「まぁ、まぁ。気にしないで良いから。叶ちゃんはちょっとお待ちなさい」
「なんか、今日のあんたオバくさい」
 叶子は背を丸めて屈んでいる多香子の後ろ姿に目をやると、鼻で笑った。
 多香子はそんな叶子に『ふぉお、ふぉお、ふぉお』と好々爺の様な笑い声を返すとごそかさと辺りの雪を掻き集め、縁側の上に乗せた。そして、オムライスの型の様に雪を整えると深山樒の葉を二枚、実を二粒ちょこなんとそこに付けたのだった。
「完成〜!」
 手袋のせいでバフバフと鳴る拍手をしながら、縁側に出来た雪兎を叶子にお披露目する。
「へぇ、雪兎じゃん!」
「知ってた?」
「生で見るのは初めて」
 叶子はそう言うと、縁側にちょこなんと鎮座している雪兎に顔を近づけた。
「前に玄関の隅に作ったのは、家からユズリハと南天持って来て作ったんだけど、もう面倒だったから持って来なかったんだ。だから、ちょっと偽物の雪兎になっちゃってる」
「ふーん、こいつはエセ雪兎なのか」
「うん、エセ雪兎」
 多香子は叶子のネーミングが可笑しかった様でクスクス笑った。そして、
「でもね、そのエセ雪兎ちょっとの間なら良い匂いがすると思うよ」
 と言った。
「何で?」
「深山樒って、みかんの木の仲間だから、葉を千切るとみかんの香りがするんだ」
 多香子はそう説明すると、深山樒の枝からぷちりと一枚深緑の葉を取り叶子に手渡した。葉を二つに千切った叶子は鼻を寄せクンと匂うと
「マジ、みかんっぽい!」
 と感嘆した。
「でしょ?」
「じゃあさ、この実はみかんみたいに食えるわけ?」
 叶子は赤紅の小さな実を指差すとそう言った。が、多香子はそれを聞くとぶんぶんと首を横に振った。
「ダメだよ。絶対、ダメ」
「はぁ?何、いきなし」
「だって、実には毒があるんだもん。食べたら、凄しい痙攣が起きるんだって。殺虫剤にも使われてるモノらしいから絶対に食べちゃ駄目だよ、叶ちゃん」
「はぁ!?ちょっと、そんなヤバイもん庭に植えて良いのかよ!」
 叶子は、多香子の説明に心底驚いた声をあげた。庭に毒物が植わっているなど、叶子から考えたら信じられない事だった。
 だが、多香子は叶子が本当に驚いている姿を目にして、
「でも....深山樒は山地には普通に生える植物だし....この辺じゃ、何処でも見かけるものだよ....?」
 と何とも複雑な表情をした。
「でも、ガキとかが間違って食ったらどうするんだよ!?」
「食べないと思う....」
「はぁ!?なんでそう言い切れんの。葉っぱがみかんくさいんだから、実もみかんの味かもって、ふつー思うじゃん!」
「うん....でも........」
 深山樒の株達を指差して自分にそう詰め寄ってくる叶子に、多香子が困り果てて来た頃。
 カシカシと雪を鳴らしながら母多香子が二人の前に現れて
「あら、雪兎そこに作ったの?折角、お盆持って来たのに」
 と状況に合わないのほほんとした声を掛けた。
 叶子はふいに現れた母多香子の姿を見留めると、
「ねぇ!バアちゃん家のこのミヤマなんたらって毒があるのに庭にあっちゃ危険じゃねー?」
 と賛同を求めたが、母多香子は叶子の言葉を聞くと多香子の肩をポンと叩き
「別に危険じゃないわよねぇ、多香子ちゃん」
 と言った。
「どうして!?」
「だって、ねぇ....」
「はい....」
「何二人で意気投合ってんだよ!?」
「あのね、ここら辺の人はみんな知ってるの。深山樒の実が危険だって事は常識。叶子みたいな都会っ子には危険でしかなくっても、ここの子達にはおもちゃにしても大丈夫なの。知識の違いよ。何だってそうでしょ?知ってるから使えるのよ。ごめんね多香子ちゃん、家の叶子はお子ちゃまだからそこの所まだ分かってないのよ。許してやって」
 母多香子はそう言うと、多香子の肩をぽんぽんと叩いて叶子にニッと笑いかけた。叶子は自分の事を『お子ちゃま』と言われムッと顔をしかめた後、「どーせ、バカですみませんー」と明後日の方角を見た。
「叶ちゃんはバカじゃないよ。私がちゃんと最初に説明しなかったから....」
「そーゆー事言われると、よけームカツクんだよっ!」
「ごめん」
「こら、叶子。いじけない、いじけない」
「いじけてねーよ!つーか、いつまでも居る気だよ。さっさと消えろよ」
「あー、本当に口の悪い娘に育っちゃって」
「あんたの子供だからしょーがねーじゃん!」
「なるほどねぇ」
 母多香子はそんな叶子の台詞にこくと頷くと、ぷっと吹き出して一人で大笑いした。そして、
「そうそう。私ね、叶子が生まれた頃『幸福な大人』について考えてた事があるんだわ」
 と言った。
「はぁ?何訳分かんない事イキナシ言ってんの?」
「幸福な大人?」
 二人は母多香子の突然の話題変更に不思議な顏をした。
「そう、『幸福な大人』ね。あのね、私が二人位の頃さぁまだ家の父さんが健在で、そりゃもう五月蝿かったのよ。母さんに手あげるわ、私の事も打ったたくは、酒呑んで暴れてちゃぶ台ひっくり返すはで、漫画みたいな『頑固親父』だった。当然私は父さんの事が大嫌いで、毎日こんな家絶対出て行ってやる!って思ってたわ。打たれたり、雪の中寒いのに締め出し喰らったり....本当、不幸だぁって思ってた。そんな事だったから、大学行くって事でこの家を出れた時は心底『やったぁ』って思ったの。二度と帰って来るもんか!ってね。あの家に戻れって言われるのが嫌で卒業と同時に結婚までしちゃった。まぁ、今思えば........そんな理由で結婚しちゃいけなかったんだな。と分かるけど、とにかく結婚して、叶子が生まれて、それから半年後にあっさり離婚しちゃって。でもここに戻るのだけは嫌でね、一人でやって行くんだって意地張って....気が付いたら三ヶ月後に過労で倒れて入院してたわ」
「てんでダメ人生だな」
 叶子は突然始まった『母親の人生話』に呆れた声でそう突っ込んだ。母多香子はそれを聞くとはははと苦笑いして、
「そうなのよ、てんでダメだったのよ。私が入院したって聞いて真っ青になってすっ飛んで来た父さんの顏見たら、本当『私、何やってたんだろう』って思った。母さんの腕の中で泣いてる叶子見て、『馬鹿だったなぁ』って思った。この子には、私しか居ないのにって。それでね、どうしてこんな事しちゃったんだろうって思った時に出た結論が『幸福な大人』だったんだ」
「で、その........『幸福な大人』って、つまりナニ?」
 叶子は、優しい目で自分達の顏を見ている母多香子に気が付いて目を逸らした。そして、逸らした視線を足元に落とすと、地面の雪を無造作に蹴って黒い土を覗かせたりした。
「つまり、私はずうっとこの家に戻りたくないって事に執着してただけだったのよ。そのためにどうしたら良いのかって事ばっかり考えてたの。だから、大切な事や大事な事一つも考えてなかった。自分がどんな人間になりたいかとか、どんな人生を送りたいかとかね、ちっとも考えてなかったのよ。流されて大人やってた。その上、母親にまでなっちゃってた。これじゃあ、ダメよね。幸せになんかなれないわよね。ましてや叶子を幸せになんか出来やしない」
 母多香子はそこまで話すと、地面を蹴り蹴りしている叶子の足先にざふっと雪を乗せて笑った。多香子はそんな二人の間に静かに佇んで遣り取りに視線を注いでいた。
「下らない事やらねぇで、続き話せよ」
「はいはい、話しますよーだ」
「....しゃべる気あんのか?その返事」
 叶子は俯いたまま母多香子の返答に肩を竦めると、静かに沈黙を守っている多香子をチラと覗き見た。多香子は叶子の視線に気が付くと、小さく目だけで笑った。
「結局ね、自分が幸せじゃなかったら誰も幸せになんか出来ないって事が分かったのよ。........大人が幸せじゃなかったら、子供も幸せになんかなれないんだって。よく大人が言うじゃない?『子供には、幸せになって欲しい』って。でも、『子供には』って何?って事よ。『には』って言うって事はさ、今自分はあんまり幸せじゃないんだって言ってる様なものでしょ?子供にどこか『幸福である事』を押し付けてる気が、私にはしたのよ。....でも、それじゃダメだって、分かったの。私がまず『幸福な大人』じゃなきゃ、叶子に『幸せって良いよ!』って言ってあげれないんだなってね」
 叶子は母多香子の話を聞き終えると、はぁあと嘆息した後『ナルホドね』と呟いて、
「それで、あんたは好き勝手生きてるわけだ....。やっと理由が分かったよ」
 と言った。
「好き勝手って言うのは失礼ねぇ!」
「だーって、そうじゃん。義父さん居るのに『仕事いってきまーす!ついでに呑んできまーす!』な生活じゃんか」
「良平(りょうへい)さんが居たって、月に二・三回位良いじゃない〜」
「週一回の間違いだろ?」
「一週間、何処にも行かないって週もちゃんとありますぅ!」
「その若ぶったしゃべりがムカツク!」
「良いじゃない。私幸せなんだから。叶子、幸せって良いよ〜」
「なんか、いつも以上にそれ言われるとムカツクーッ!」
 叶子はそう言うと、深山樒の葉に積もっていた雪を掻き集めて母多香子の顔面へと投げた。
「やーん、何すんのよ〜!」
「その声がムカツク!若者ぶんな!逃げんな!」
「フフフ、じゃあね〜」
 母多香子は雪を投げる叶子にそう告げると、持って居たお盆で顏を隠しながら多香子に手を振り『やーん』と逃げ出した。
「チッ。都合が悪くなるとすぐ逃げる!」
 叶子は最後に投げ切れなかった雪を地面に投げ捨てると、悔しそうに舌打ちした。
「おばちゃん、お盆持って行っちゃったね」
「あんたの感想はソコかい!」
「だって....」
「何よッ!」
 叶子は自分に柔らかい視線を向けて笑う多香子にそう詰め寄ったが、多香子はそんな叶子の様子にクスクス笑うと手袋を脱いだ。そして、
「だって、『泣いてるよ』って言ったら叶子ちゃん怒るでしょ?」
 と叶子の頬に手をあてた。
「ッ!........るに決まってんじゃん!」
「うん」
「バカ」
「ごめん」
 多香子はそう言うと、さふと叶子を抱き締めた。
 着ているコートとダウンジャケットがなんとなく窮屈で、多香子は自分の肩に乗っている叶子の頭を見て小さく笑った。
「安心したんだよね?」
「....何がよ」
「大人になる事」
「............訳、分かんない」
「ううん........違うよ。叶ちゃんは、分かってたんだよ。自分が大人に成りたいって思ってる事に気が付いてたんだよ。だから一人になって考えたくて、でも一人になってもイライラして....そうやって悩んでたんだよ。大人に成るって事の意味とか、理由とか、探してたんだよ。そして、大人に成ろうとしている自分が居る事が、ちょっとだけ怖かったんだよ」
「........」
「おばさんは、ちゃんとそんな叶ちゃんを見ててくれたんだね。だからきっと、自分の事話してくれたんだよ。私、そう思った」
「....何で、あんたってなんでもかんでもポイポイ言っちゃえる訳?ズルすぎ、勝てねぇじゃん」
 叶子はそう言うとガバっと顏をあげて、赤く潤んだ瞳を投げた。
「叶ちゃんも兎になってるよ」
「だからさ、何でそういう事言うんだよッ」
「さぁ?....何でかなぁ?自分でも分かんないや」
 多香子は叶子の台詞に苦笑すると、頭に手をあてて髪をくしゃくしゃした。
「きっと私そういう性格なんだよ、叶ちゃん。思ったらどんな事でもすぐ言っちゃうの。そういう性格が良いのか悪いのか分からないけど、きっと私はそういう人間なんじゃないのかなぁ」
 叶子はそんな風に自分の答えに一人で苦笑している多香子を見つめると、
「........私も雪兎作る」
と呟いてしゃがんだ。そして、雪を掻き集めると縁側に乗せ多香子の作った雪兎の隣に並ばせたのだった。多香子は叶子が作った雪兎をじいっと見つめると、
「なんだかへっぽこだねー、叶ちゃんの雪兎」
 と笑った。
「悪かったなっ!初めて作ったんだからしょうがないじゃん!」
 叶子はそう怒鳴ると、自分の作った雪兎に笑い声を溢している多香子の背中を押して
「あー、もう家入ろ。兎も出来たし。寒ぃ!」
 と泣き笑いしている顔を隠しながら玄関に向ったのだった。

  つづく
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by yoseatumejin | 2006-10-24 11:16 | 文/幸福な(全12回)

幸福な大人(06)

 それなりの人手で賑わっていた初詣の帰り道。
 叶子は『おみくじ、大吉だった!』とはしゃいでいる多香子を見て
「そう言えば、あんたまたプレゼント忘れてんじゃん」
 と思い出した。
「今度は大丈夫。ちゃんとオバちゃんに準備頼んでおいたから」
「バアちゃんに?」
「うん。だから、叶ちゃん一緒に作ろうね!」
「はぁ?なんで私が....嫌だよ」
「楽しいから大丈夫!」
「だーかーらぁー、あんたの自信は何処から来るんだってんの!」
 叶子は、相変らず不思議な理論を主張する多香子に溜息する。そして、自分達の横にふっさりと積んである雪山を発見し、先の年越しそばの『仕返し』とばかりに多香子をそこへと押し倒したのだった。
 わぁと悲鳴をあげ、ボスッと雪の上に横になった多香子は、一瞬何が起きたのか分からないと言った顔をした後、むんずと起き上がって
「びっくりしたー!」
 と雪を払った。そして、「そばの仕返しだ」とケケケと笑っている叶子を一睨みすると
「仕返しの仕返しだっ」
 と叶子の背中にザブっと雪を突っ込んだのだった。
「冷たァー!何すんのよ!」
「叶ちゃんが悪いんだもーん」
「そりゃ、あんたの方じゃん!」
「やーい、やーい」
「悪ガキか?お前ッ!」
「じゃーあ、叶ちゃんはいじめっ子〜」
「何だソレー!」
 叶子はそう怒鳴ると、わーっと逃げ出した多香子をダッシュで追い掛けた。
 結果。
 二人は家路を走って帰る事となり、光恵の顏を見た頃には体中汗だくになっていた。
 光恵は転げる様に玄関に入って来た二人に苦笑すると、『雪だらけになってるよ』とタオルを渡した。
「あんたのせいだからね!」
「叶ちゃんが仕掛けて来たんでしょ〜!」
「人の背中に雪突っ込んどいて良く言う!」
「でも、叶ちゃん逃げてる私の頭に雪玉五つも投げたもん!」
「それはあんたが逃げるからだッ!」
「こらこら、正月から喧嘩しないの。ちゃんと拭かないと風邪ひくからね」
 光恵は帰って来ても言い合っている二人にそう言うと、タオルで各々の頭をごしごしと拭いた。
「あ、オバちゃん。準備してくれた?」
「あぁ、しておいたよ。でもそんなに汗かいて外にずっと居たら大変だから、明日にしときなさい」
「えー、........叶ちゃん」
 多香子は光恵の言葉を聞いて訴える様に叶子を見たが、叶子は
「もう良いじゃん。無駄に走って疲れた、タルい」
 とあっさり光恵に同意したのだった。
 多香子は叶子にサクッと断られてつまらなそうな顏をしつつ家へと帰って行ったが、叶子はそんな多香子を見送りながら『ホント、どーせ明日もあんた来るんだから良いじゃん?』と一人胸の中でごちたのだった。
 光恵と共に居間に入った叶子は、服を乾かすためにストーブの前を陣取ると
「あぁ、マジ疲れた」
 と一息吐いた。
「そうかい?お疲れ様」
「ホント、多香子ってガキ〜」
「そうだねぇ。きっと、久しぶりに叶子ちゃんに会えて嬉しいんだろうねぇ」
 光恵は冷ました緑茶を湯飲に注ぐと、そう言いながら叶子に手渡した。叶子はそれを受け取りながら「は?久しぶり?」と疑問符を出したが、光恵の「そうだよ。十二年振り位じゃないかねぇ」という台詞に
「あー、小っちゃい頃会ってるのか....」
 と合点した。
「小さい時も二人は今日みたいに転げ回ってたよ。まぁ、多香子ちゃんもその頃の事は忘れたって言ってたけど、本当二人は可愛かったよぉ」
 光恵は昔を思い出したのか目を細めると、叶子に優しく笑いかけた。叶子はそんな光恵の視線に少し照れると、
「昔の事なんて忘れた」
 とぶっきらぼうに答えてごくごくと緑茶を飲み干して『ウマかった』と呟いた。
「もう着替えて寝る。おやすみ、バアちゃん」
 光恵は立ち上がった叶子に『おやすみ』と返すと、あぁと思い出した様で
「そうだ、叶子ちゃん。明日、午前中にお母さんこっちに着くと電話があったよ」
 と叶子に告げた。


 出会って五日。
 その数日で、叶子の中の多香子は気付かぬ内に『大ッ嫌い』から『まぁ、友達....』と言える程に昇格していた。
 もしも多香子がもっと大人しいタイプの人間だったら叶子は相手にすらしていなかったかもしれず、もしも多香子がもっと短気なタイプの人間だったら叶子はキレて会話など一つもしていなかったに違いなかった。
 けれど、多香子は『多香子』だった。
 それ以上でもそれ以下でもなく、叶子の側に居て叶子を見ている人間だった。
 それは『自分がどんな奴かなんて、ちっとも分からない』と苦悩し不安とイライラに包まれていた叶子にとって、一つの『在り方』を示す者と言えた。
 馬鹿でもなく、凄くもなく、きっと『自分がどんな奴か?』なんて悩むより先に知っている多香子。
 本当に普通に『自分』をやっている多香子。
 本当に普通に『人』を『人』として見ている多香子。
 大勢の一員、グループの一人、誰々の友達。そんな枠組みを知っていても、多香子はきっと叶子を見れば『叶ちゃんは、叶ちゃんでしょ?』と笑うのだ。
 決めつけじゃなく、当然だという顏をして。
 それはどんなに叶子がフラフラしていても、グルグルしていても、ムシャクシャしていても、当たり前だと言う様に........。
 きっと、多香子は笑うのだろう。
 叶子は被っていた布団からひょこっと顏を出すと、
「多香子のバーカ」
 と天井に向って言い捨てぱさりと布団を被り直しクスクスと笑った。

  つづく
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by yoseatumejin | 2006-10-10 16:17 | 文/幸福な(全12回)

幸福な大人(05)

 4) 初詣をしよう

 大晦日の夜。 
「かーのーちゃん!明けましておめでとぉう!」
 ゴフッ!
 光恵と二人年越しそばを啜っていた叶子は、背後から多香子に軽い飛び膝蹴りをくらって咽せ込んだ。
「何ッ、....するんだよ!人を殺す気!?」
「ごめん、ごめん。ヒット、ヒット」
「野球じゃねぇっての!」
「叶ちゃん切り返し上手い!」
「あんた、............正月そうそうシメるよ....」
 外から聞こえてくる除夜の鐘を聞きながら、叶子は全く悪びれずにクスクス笑っている多香子に脱力しつつ、内心『ってゆうか....ホント、マジで一回シメたい。てゆうか、絶対仕返しする』と誓った。
「本当ごめんね、叶ちゃん」
「今度やったらコロス」
「もうしないって。あ、オバちゃんも明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします」
 多香子は叶子の返答に適当な相槌を返すと、光恵に向き直り頭を下げた。
「あぁ、おめでとう多香子ちゃん。今年も本当によろしくね」
「はい」
「多香子ちゃんは、もう年越しそばは食べたのかい?」
「うん。お父さんが手打ちしたの食べて来たよ」
「啓二郎(けいじろう)のそば、少しは上達したのかい?」
「ううん」
 多香子は光恵の言葉に苦笑いすると、
「そばって言うより、そば粉が練られただけって感じだったよ。水と繋ぎほとんど入れてないからボロボロで、味もなかったし....。お父さんは『これは、十割そばだー!』とか言ってたけど、みんな批難しまくってた。おじいちゃんとおばあちゃんなんか『お前のそばのせいで今年も寿命が縮んだっ』とか言って新年早々お父さんとけんかするし....」
 と事の顛末を説明した。
「あの二人も相変らずだねぇ。息子の打ったそば位、黙って食べてやればいいのにねぇ」
「てゆうか、あんたの親父いつかそばで一家殺すんじゃない?」
「そうかも....。『年越しの悲劇!一家惨死!よかれと思って打った父親のそばが引き起こした地獄絵図!』とか言われちゃうかも!テレビ局とか人がわんさか来て、私達一家のせいでここの人口が六倍位に膨れ上がるんだ....」
「イヤ....悪いけど、新年早々そこまでワイドショーな悲劇が起きる事は望んでない....」
「そうだよ、多香子ちゃん。啓二郎のそば如きでそんな悲劇が起きる訳ないだろ?」
「そうだよね。毎年お父さんがおじいちゃんに蹴り倒される位で済んでるんもんね」
「....それも新年早々どうかと思う図だな....」
「そうかな?毎年の事だし、我が家の恒例行事になっちゃってるから『お父さん可哀相』とか誰も言わないよ」
「全く、啓二郎もどうして毎年そば打つかねぇ....」
「だよねぇ」
 多香子は呆れた様な光恵の台詞にこくんと頷くと、クスクスクスと笑った。
 叶子はそんな多香子を横目に、来ていたトレーナーのポケットから携帯を取り出すとチェックをした。そこには十二時ジャストに『明けおめール』を送っておいた友達からの返信が入っていて、叶子は彼らに『今から、コッチも初もうでて来る。(嫌_嫌)/』と打ち返して、
「初詣、........行くわけ?」
 と聞いた。
「うん。でも、そば食べ終ったの?」
「終った....」
「じゃあ行こっ、叶ちゃん!」
「....やっぱ行くんだ」
「行くよー!」
 多香子は、嫌々そうな顔をしながらもさっさと立ち上がった叶子の姿に嬉しそうに頷くと、自分達を見送っている光恵に向ってニッコリとした笑顔を向けた。


 初詣への行き道、多香子は山を背にする様に建っている目的地である大きな神社を指差すと叶子に二三の説明をした。それは、この神社が古くからのこの辺りの守り神だとか、神社の裏手に民家は一つもないんだとか、道々見える松明はお父さん達が作ってるのだとかいう事だった。
「ふーん、そう」
「うん。それにね、ここの土地は神社を中心に発展したから、みんなこうして真っ直ぐ八幡様に向って歩ける様になっているんだよ」
「へぇ〜」
「あ!もしかしてこれって、トリビア!?」
「んなワケあるか!ってゆーか、トリビアは知ってんだ....」
「知ってるよー!酷い叶ちゃん〜!家だって、テレビ位ちゃんとあるもん!」
「あー....ハイハイ」
 叶子は多香子の抗議に軽く笑うと、自分達の周りを歩いて行く人達の流れに目をやった。確かに、彼らは皆一様に真っ直ぐと歩いていて叶子は遠くに照り輝く高台の神社を見つめて『なんか、こんな風景も良いもんだ』と思ったりした。
「叶ちゃん、寒くない?」
 多香子はしんしんと雪が降り落ちる道を文句も言わず連れ立って歩いている叶子を見て、ふと思い出したのかそう言った。叶子は多香子の言葉に、星を隠し雪を降らせる真っ黒い闇夜の雲を見上げると、
「寒いよッ!」
 と答えたが、
「....でも、あんたと約束したじゃん?」
 とぼそりと付け足したのだった。

  つづく
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by yoseatumejin | 2006-10-05 14:08 | 文/幸福な(全12回)

幸福な大人(04)

 家中を雑巾掛けしながら叶子は、自分よりも一生懸命に働いている多香子の姿を見ていた。
(こいつって....本当ヘン)
 人の事を、不良みたいだと言うクセに怯えるでもなく。
 普通だったら嫌われるだろうと思う様な態度を取っても、嫌うでもなく。
 ケロリ、ケロリとやって来ては、『叶ちゃん、叶ちゃん』と懐いて来る。
(........なんか意図があるわけ?)
 一人で田舎にやって来た女の子に親切にしてやったと、村の皆が褒めるのだろうか?
 それとも光恵から、『叶子と仲よくしてやってくれ』と泣き付かれたのだろうか?
 ........なんとなく、そういう事じゃない気はする。
 見るからに『真面目で、良い子』の類だが、叶子にひっついて来る多香子には「おもねり」と感じる様な所がなかった。
 単純に叶子に興味を持っている様であり、純粋に叶子が好きなんだろうと感じる....。
(はぁ!?....好き!?)
(何ソレ!)
 叶子は、自分が考え至った思考に当惑した。
 どう考えても、この数日。多香子から好かれるような事を、自分はした覚えがなかった。
 それなのに、嫌われるならまだしも、好かれていると感じるなんて........。
「ありえねぇ!!」
「!?....ねぇ、どうしたの、叶ちゃん?何叫んでるの?」
「わぁ!」
「?」
「........別に。あっち行けよバーカ」
 思わず自分が声を出していた事に気付いて、近寄って来た多香子を叶子は必死で追い払った。多香子は自分に向ってシッシと犬を追払う仕草をしている叶子の頬が赤くなっているのを見て取ると、
「ふふ。叶ちゃんって、やっぱり楽しい〜」
 と笑った。
「バカに、すんなッ!てーの!!」
 明らかに『赤くなった頬』を笑っている多香子に、叶子は心の中で恥ずかしさに『うぎゃー!』とのたうち回ると、悔し紛れに持って居た濡れ雑巾を投げ付けていた。


 大掃除を終えた二人に、光恵は少し遅めとなったお昼を差し出すとねぎらいの声を掛けた。
「二人共、偉かったねー。お疲れ様だったねぇ」
 叶子はそんな光恵の台詞に『ホント....なんでマジで掃除しちゃってんの?自分ってば....』と思いながら「あー、うん....」と曖昧な相槌を返した。多香子はそんな叶子の気のない返事の中に、照れくさそうな様子を見て、こっそりと小さく笑った。
「オバちゃん、叶ちゃん本当に頑張ってお掃除してたからお年玉奮発してあげてね!」
「そうかい。叶子ちゃんは頑張ったかい。じゃあ、バアちゃんも頑張んなきゃねぇ」
「....た........多香子だって....やってた。じゃん....ッ」
 叶子は、光恵と多香子からほっこりとした微笑みを向けられ、どうにも恥ずかしくぼそりと呟くと、視線を下に落として自分の前に置いてあった湯飲を掴みススと啜った。
 光恵はそんな叶子の姿に、小さかった頃の娘の姿を思い出し(叶子ちゃんは、本当にお母さん似だねぇ)と心の中で呟くと、
「じゃあ、多香子ちゃんにも奮発しようかね」
 と目を細め、多香子に『本当ありがとね、多香子ちゃん』とお礼を述べた。
「お年玉、楽しみにしてようね。叶ちゃん」
「う....まぁね........。あ、そう言えばさ、あんた朝プレゼントがどうとかって言ってたじゃん?」
 叶子は、啜っていた湯飲をテーブルに置くと、ふいと朝の会話を思い出してそう言った。
「あ、そうだった!」
 多香子は叶子の言葉に慌てて炬燵から立ち上がると玄関へ向った。そして、玄関戸をガラリと開けた後、『あ〜ぁ....』と居間へ聞こえる大きな溜息を吐いた。
 叶子はその声を聞き、炬燵から多香子へ「何デカイ声あげてんの?」と声を掛けた。
「........プレゼント、消えちゃった」
「えっ?こんな田舎でギられるの?」
「ギラレル?」
「....あー........盗られた訳?」
「違うよ、溶けちゃったの」
 多香子は悔しそうに『失敗したなぁ』と呟いて、居間に顔を出すと
「明日またプレゼントするね」
 と叶子に言った。
「明日も来るんだ....」
「来るよ!だって明日は大晦日だよ。除夜の鐘聞いて、一緒に初詣行かなきゃ」
「は?」
「は?じゃなくて、初詣で!」
「どうして私があんたと行く訳、そんなモンに。ってゆうか、タルいし」
「叶ちゃんいっつも暇だって言ってるじゃん!」
「....言ってるけど」
「じゃあ、行かなきゃ損だよ!」
「....どうしてそうなるかな....」
 叶子は多香子の一向にめげない理論展開に呆れた気分でそう呟いたが、多香子はそんな叶子の様子を見て取ると、
「だから、明日は夜に来るね!約束だよ。じゃあ、今日はもう帰るから」
 と一方的な『約束』を取り付けてにこやかに去って行ったのだった。


 何となく退屈な日常、何となく忙しない一日。それが新倉叶子の生活だった。
 友達も居る。
 メールをする相手も、長電話する相手も、会いたいと我儘を言える相手も居る。
 それらは、
 一人は淋しい。
 一人は退屈。
 一人はつらい。
 から『必要』で、紛れるモノがあるから飛び付いているに過ぎない感じで、もっと小さい頃は何か違っていた様な気もするのだけれど今となってはもうそういうモノでしかなかった。そして、自分自身も、他人にとってはそういう存在でしかない事も分かっていた。
 自分がそういう風に接しているから相手がそうなったのか、相手がそういう風に接して来たから自分もそうしているのか........それはどちらも正解と言えた。
『誰もが『私が悪いんじゃない』って言ってるみたいだ』
 叶子は自分を取り囲んでいる現状を、時々ふっと思い返してみてはそんな風に感じていた。
 それはまるで、被害者の集まりか共犯者達の言い訳の様だ、と。
 だが、だからと言って叶子はそんな現状に不満がある訳ではなかった。むしろ、今の様にそんなモノから絶縁状態にされれば心細くて堪らなかった。
『みんなから逃げたい訳じゃない....みんなに文句が言いたい訳じゃない』
『でも、不安になる。でも、イライラする』
 叶子は今の自分の『生活』に、何処か言い様のない不安を覚えていた。
 それは、このままノリに流されて友達とわいわいやっていて、それで大丈夫なのだろうかという漠然とした不安感だった。
 周りにはノリが良いのにちゃんと自分を持ってる凄い者も居れば、どうしようもないだけの楽観主義者も居た。叶子は自分がそんな両者のどちらに部類されるのか、測りかねていた。目の前にソレが有るから着いて行っているだけの自分が、この先どんな道を歩むのかと....。
 ただ、ズルズルと落ちて行くのは....なんとなく嫌であり、また怖かった。
 とは言っても、『自分を信じて』道を突き進む程の....情熱も目的もない。
『自分がどんな奴かなんて、ちっとも分からない....』
 決して遠くないと感じる『未来』が、今叶子を圧迫している。
 それから逃げ出すべきか、それらと向き合うべきか。
 『今』、叶子は決めなければならない気がしていた。
 このままで良いと、言い切れる人間になるのか。
 変ってやると、言える人間になるのか。
(でもっ。........私にどうしろって言うのよ!)
(分かるか!分かるわけないじゃん!!)


 叶子は今、イライラと不安を抱え『分岐点』に居る者の苦痛を感じているのだった。


 多香子の帰った居間は、光恵と二人だというのに昨日よりもずっと静かなイメージを叶子に与えた。
 光恵は、ぼんやりと炬燵の中に転がっている叶子の姿に読んでいた新聞から視線を外すと
「退屈かい?」
 と聞いた。
「別に....平気」
 叶子は光恵の言葉にそう返答しながら、ふと自分が今日一回も携帯をチェックしていなかった事を思い出した。いつもなら『退屈だ』と言いながら指も目も動かしているのが当然で、本当に退屈だった時などありはしないのに....。
『気にならなかったな....』
 充電器から携帯を抜き取ると、カチカチと画面を確認する。メールが三通と着信が二つ。叶子はそれら全てに返信のメールを打つと、携帯をポケットに仕舞い
「ちょっと散歩してくる」
 と外へ出た。
 昨日まで『寒い』と拒否し続けていた外の世界は、午後の日差しに照らされて夜半に降った雪も溶けてしまい朝の様な鮮烈さを欠いてはいたが、叶子の日常とは全く違う事に代わりなかった。
「道の真ん中ほとんど雪がないや」
 叶子はぽつりと呟いて、人通りの全くない道を一人てくてくと進んだ。
「めっちゃ静か....」
 少し遠く感じる距離でポツリポツリと並ぶ家々は、どれも叶子が街で見かける様な小粒な造りではなく、農具などを仕舞っているらしい小屋まで付いている様な広い一軒家などだった。
『バアちゃんも、ちょっとだけ畑持ってるんだったっけ』
 叶子は昨日の夕飯に出ていた煮大根が光恵の畑のものだった事を思い出し、散りじりにした事を反省した。
「なんかー、自分って駄目っぽい?」
 道の端に盛ってある雪の塊を一蹴りすると、自問する。
 ずっと、単純に笑えて単純に面白い今を後も先もなく楽しんでいれば良いと感じていた。それが、不幸じゃないという事だと思っていた。
 友達のノリに合わせられない様になるのは嫌だった。もちろん、ノリの合わない奴も嫌いだった。だから多香子なんて、大嫌いだった。
 ........でも、本当の事を言えば自分自身が一番苦手だった。
 フラフラと他人に流される。流行に『敏感』だって感じを演出してる。みんなが嫌いだって言う人達を自分で判断なんかしないで嫌っている。希望があるなんて嘘、将来の夢を語っちゃダサい。正義を振りかざすのは古くて、悪どい事は笑いのネタ。面白い事が言えなくなったら、終わってる。携帯に一日一件も連絡がない日が来たら自殺もの。
 ........気が付けば、誰かが居なくちゃ『自分』じゃない自分。
「....駄目な奴」
 叶子は自分が崩した塊をじっと見つめると、吐き捨てる様にそう言って踵を返した。

  つづく
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by yoseatumejin | 2006-10-03 09:45 | 文/幸福な(全12回)

幸福な大人(03)

 3) 雪の消える道

「叶子ちゃん、今日は大掃除するから手伝ってな」
 朝の七時。
 叶子は光恵に起こされ、「まだ七時じゃん!」とブツブツ言いながらも身支度をした。
「さぁ。着替えたら、ご飯の前にさっと玄関を掃いてついでに新聞持って来て頂戴」
「えー、寒いッ!ヤダよー」
「居間はもう暖かいから、しゃんと行ってパッとやってサッとストーブにあたんなさい」
「........はぁ、い」
 叶子は、優しい笑みを浮かべているのに何処か有無を言わせない光恵のオーラに負け渋々頷くと、「さぶッ!」と言いながらも玄関へ向った。
 どうやら、どんなにこの場所が面白くなかろうとも、叶子は光恵を心底邪険にする事は出来ない様だった。
 叶子が向った玄関の横引き戸は、磨りガラスが朝露に濡れ見るからにひんやりとし、外から吹き込んで来るらしい隙間風によって小さくピーピーと鳴いていた。
 叶子は一つ身震いして『触りたくない〜っ』と胸の内で叫びながら、それでも仕方ないかと覚悟を決めると、爪の先で引っ掻ける様にして内鍵を開け戸を引いた。
 刹那−−−叶子は、感嘆をあげていた。
「うわっ....」
 玄関から開けた景色は、襲う様に家へと入って来た冬風の荒々しさとは対照的な程、然と静かに真白な広がりを見せているうっすらとした雪景色だった。
 それは、ただこの景色を『寒い世界』だと切り捨てていた叶子にとって、眩い位鮮明な白の印象だった。
「雪だ....」
 ここに来た時から、何処となりとで叶子は雪を見続けていた。けれど、朝の凛とした汚れなきこの白雪は、改めてこの地に雪が存在している事を叶子に知らしめた様だった。
「........白っ」
「あ、叶ちゃん!」
「....げっ........多香子!」
「なんでそんな嫌そうな顏するのぉ〜」
「朝からあんたに会うなんて、最悪〜。てゆうか、来んなつったじゃん!」
 白い世界を横切る様にひょっこり現れた多香子に、叶子は自分だけが発見した景色をぶち壊された気がして悔しい顏をした。
「ひどい〜っ!折角叶ちゃんにプレゼント持って来たのにっ!」
 多香子は自分の顔を見るなり眉間に皺を寄せた叶子にそう言い返すと、雪が軽く積もった門扉をキィと開けた。
「不法浸入するなって!」
「えー!不法じゃないって!オバちゃん、おはよー!」
 昨日の叶子との遣り取りなど忘れた事らしい多香子は、睨んでいる叶子に向って軽く笑顔を向けると家の中に届く様に声を張った。光恵は玄関先から聞こえてくる賑やかな声にフフと笑うと、『おはよう、多香子ちゃん。いらっしゃいね』と声だけの返事をする。
「じゃあ、お邪魔しまーす」
「あーも!ホント、邪魔っ!」
「そんな事言うと、そこの新聞取ってあげないよ?」
「あんたになんか頼んでないってば!」
「叶ちゃんの減らず口っ!」
「あんたには、何も言われたくないんだっつーのッ!」
 追い返す事はどうやら出来ないらしいと諦めながらそう叫ぶと、叶子は多香子を睨んだか、多香子は郵便受けから新聞を取り出すとひょいと叶子に投げて来た。
「叶ちゃん玄関掃除するんでしょ?してて良いよ。プレゼントの準備直ぐ終わるから」
 ひょいと自分に向って飛んで来た新聞をキャッチした叶子は、多香子の言葉に自分がどうして玄関に居たのか思い出し『そうだった。めちゃサブい中わざわざこいつとダベんなくても良いんだ』と胸の中で呟いて、門柱の側で何かを始めた多香子を無視する様にガラピシャと玄関戸を閉めると、丁寧に内鍵を降ろした。
「あー、叶ちゃん酷いッ!閉めたっ」
「ウルサイッ!開けてたら死ぬっつーのっ!」
「じゃあ、私死ぬ!」
「あんたは平気だよッ!」
「差別ー!」
「ウザイからもう帰れッ!」
「やだー!」
 外から戸をダンダンと叩く音がする。
「ウルサイな!人ん家の玄関壊す気かよ!?」
「もー!そんな事する訳ないじゃんっ」
「じゃあ、叩くな!」
「うぅ....分かった。ねぇ....叶ちゃん?ちゃんと掃除してる?箒動かしてる?音聞こえないよ?」
「やってるってーの!つーか、マジでウルサイ!帰れって言ってるじゃん!」
「叶ちゃんが意地悪するから帰らない〜っ」
「何ソレッ!」
 朝も早くから、あぁ言えばこう言って来る多香子に叶子は半ば感心しつつムカついて、内側からダンと戸を叩き返すと、
「そこに居る気なら、黙って居ろよ!」
 と怒鳴った。
 それから静かになった戸口の向こうを無視し適当に玄関掃除を済ませると、叶子は新聞を片手に居間へとダッシュした。叶子が駆け込んだ居間は、ストーブの火がぬくぬくとした空間を生み出しテーブルには光恵が準備し終えたらしい朝食が並んでいた。
 そして炬燵の一角には、ダッシュでやって来た叶子をにこやかに向える多香子の姿があった。
「あ、お疲れ。叶ちゃん」
「って、何であんたが炬燵で寛いでんのよっ!」
「だって叶ちゃんが玄関閉めちゃうから、オバちゃんに勝手口から入れてもらったんだもん」
「最悪ッ」
 思わず『バアちゃん!』と心の中で叫んでしまう。どうやら祖母は、孫と同じ扱いを普段から多香子にしているらしい。
(........あーあ....ウザっ!)
 本物の孫が遠くに住んでいるのだから仕方ないとはいえ、その孫が来ている時くらい出入り禁止にしてくれれば良いのにと叶子は内心嘆息した。
 そんな溜息を叶子が吐いた時、光恵が台所から三人分の味噌汁をお盆に乗せて入って来た。光恵は二人の遣り取りを全部聞いていた様で困った様な笑顔を見せると、
「おー、おー、二人共声の大きい事」
 と言って笑った。
 その笑い声に、叶子は『怒られたのはあんたのせいだからねッ!』という視線を多香子に注ぐと、むすっと顔で炬燵に入った。
 多香子は叶子の怒りの視線をキョトンとした表情で見送ると、
「私、オバちゃんのお味噌汁好きなんだぁ〜」
 と光恵に笑いかけてお椀を一つ受取り、自分の家の様に寛いだ様子で叶子をイライラさせながら朝ご飯を暢気に食べ出したのだった。


 朝食後。
 叶子は何時までも帰らない多香子に視線を向けると、
「もしかして、マジ座り?」
 と聞いた。
「え?まじずわり?」
「だーかーら、あんた居座る気?」
「うん。だって私、この家のお正月の手伝い来たんだもん。今日はずっと居るよ」
「........サイアク」
「ひどぉい!叶ちゃんの為にも手伝おうと思ったのに〜。そんな事言うと、この一軒家を一人で掃除させるからね!」
 多香子はぷうとむくれると、炬燵の中から叶子の足を軽く蹴ってそう言った。
「てっ!別に良いから、帰れ!第一....マジで掃除なんかする訳ないじゃんっ」
 叶子は多香子に足を蹴られてムッとすると、自分もやり返す。
 ここで負けたらますます己の立場は弱くなる一方の様に思えて、叶子は多香子の足を一度蹴り返した後、ガガガっと連続蹴りを加えたが、多香子は叶子の攻撃をさっとよけると
「そんな事したら、オバちゃんから『お年玉』貰えない様にしてやる!」
 と言って不敵な笑みを見せた。
「ア!?なんであんたにそんな権利があるんだよ!」
「うーるーさーいーなぁ〜。あるんだもーん」
「何ソレ!?」
「叶ちゃんの真似〜」
「はぁ?....てゆーか、全然、似てない!」
「うっそ!マジで〜?」
「最悪、止めろって」
「いやーん!ちょ〜こわい〜って感じ?」
「うわっ....マジで怖ッ!」
「あはッ!叶ちゃんの顏、ちょ〜おもしろいー!」
「サイアクーッー!」
「さーいーあーくぅーでしょ?」
「....もう....ッ!」
 叶子は自分の真似をする多香子を延々睨んでやろうと考えていたけれど、あまりにも似ていない真似をする多香子が可笑しくて気が付けば大笑いした。
 それは、この村に来て初めて叶子が心から大笑いした瞬間だった。
 何かを考えた訳でも、何かを思った訳でもなく、単純に可笑しくて叶子は笑った。
 多香子はそんな叶子の様子に自分もクスクス笑うと、
「叶ちゃんって、楽しいよねっ!」
 と言って嬉しそうな顏をした。

  つづく
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by yoseatumejin | 2006-10-02 10:47 | 文/幸福な(全12回)