過日(19)

 僕達が「志のや」に戻ると、厨房に続く裏口にユキノさんが立っていました。そして、
「颯、抜け駆けしたわね」
 と僕達を見て笑いました。
 ユキノさんにそう言われた颯くんが「母さんが昔、俺に言った様にしただけだよ」と答えると、ユキノさんは「よく覚えてたわね」とちょっと嬉しそうに微笑みました。そして僕の方を向いて
「圭介さん、本当におかえりなさい」
 と抱きしめてくれたのでした。
「ユキノさん」
 僕はいつのまにか、こんなに大切にされていたのです。ただ、数週間アルバイトをしているだけの僕を、二人はこんなに大切に想ってくれていたのです。ユキノさんの腕に抱きしめられた僕の頬は、さっきやっと止まったはずの涙でまた溢れていました。
「母さんが圭介泣かしてるー」
 僕の顔を覗き込んで颯くんは嬉しそうにそう言って笑いました。そう言われたユキノさんは軽く颯くんを睨むフリをして
「颯だって、圭介さんを散々泣かしてきたんでしょっ」
 と言って、それからちょっと黙った後僕を抱きしめていた腕を解いて、颯くんを抱きしめてやさしくやさしく笑って言ったのでした。
「颯。愛してるわ」
 と。その姿はまるで大きな真白の羽がふんわりと包み込む様でした。母と子という名が持つ美しさが形になったら、こんな感じなのだと思いました。やさしくて美しい抱擁、それは与える方も受け取る方も幸せになれるものなのでしょう。(この時の二人の姿を僕はきっと一生忘れないだろうと思います)

 夜が来て、朝が来て、昼が過ぎて、夕方になって、夜が来て、朝が来る。朝が、来たのでした。
「お兄ちゃん、明日はおわかれだね」
「うん。淋しいな」
 朝から僕は麻里香ちゃんと一緒でした。明日の朝には円谷さん達が帰ってしまうのです。麻里香ちゃんはやっぱり可南子さんを差し置いて僕にくっついていました。
「颯くんとパパは?」
 朝、僕は颯くんを探したのですが見つからなかったので、慶吾さんと一緒かな?と思い僕は麻里香ちゃんにそう訪ねてみたのでした。麻里香ちゃんの答えは
「颯お兄ちゃんとパパは、お買い物と花火を買いにおでかけしたよ」
 というものでした。そう言われて、僕は自分の事に手一杯で朝の買い出しを忘れていた事に気付きました。
「僕がお仕事忘れたからだね」
 麻里香ちゃんに言ってもしょうがないとは思ったのですが、僕は自分への反省を込めてそう言いました。麻里香ちゃんは僕にそう言われて、少しだけ意味が分かった様で
「パパがいきたいって言って、颯お兄ちゃんつれていったの。だから、お兄ちゃんはわるくないよ」
 と言ってくれたのでした。
「ありがとう」
 僕は小さな麻里香ちゃんにまで励まされて、照れ笑いするしかありませんでした。
「パパね、好みがうるさいの!花火はまっすぐ出るのにかぎる〜!とか言うの」
 つまり慶吾さんは、追っかけやすい花火探しに出た様でした。僕が笑いながら
「麻里香ちゃんも追っかけられるの?」
 と聞くと麻里香ちゃんは大きくブンブンと首を振って
「パパがおっかけるのは、若い男」
 と僕を指差すのでした。麻里香ちゃんが言う所の『若い男』の中に自分が入っているのだと知った僕は、苦しい位大笑いしてしまったのでした。

  つづく
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by yoseatumejin | 2005-02-09 11:01 | 文/過日(全38回)


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