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過日(35)

 一人、僕は林が出て行った後を見詰めました。僕は単純に、颯くんに何かしたかっただけなのです。けれど、林に言われてみると僕は颯くんを傷付けるような事をしてしまうかもしれないという不安に嘖まれました。僕が颯くんにしてあげられる事と、颯くんが僕に望んでいる事には違いがあって限界があるのだと林は教えてくれたのでした。それは、林の思い遣りなのでした。友達との付き合い方を知らない僕、他人との関わり方を知らない僕、林は僕がそういう人間であると知っているからこそわざわざ本来なら言わないくても良い苦言を僕に言ってくれたのでした。
 けれど僕は、それでも颯くんにしてあげられる事が何かあるのだと思いたいのでした。押し付けじゃなくて........颯くんを傷付けなくて、それでも何か大切なもの。そんなプレゼントがあるのではないかと、僕は思いたいのでした。
 僕は一人、自分の部屋で林がくれたたくさんの言葉を思い返しました。颯くんの『友達』。同級生、クラスメイト、二番目に欲しいもの。僕が颯くんにしてあげられるのは、友達を連れてくる事じゃない。
 ........僕はそこまで考えて、林の部屋へと向ったのでした。

 翌日、林は颯くんを釣りに行こうと誘いました。
「いいけど。圭介は行かないのか?」
「うーん、「志のや」放って行けないから。でも、大きいの楽しみにしてるよ」
 颯くんの誘いを僕は「志のや」を理由に断りました。実は僕が林に頼んで颯くんを釣りに誘ってもらったので、行くわけにはいかなかったのでした。今日を入れても二日しかないと分かってはいたのですが、どうしても僕は何かしたくて林に頼み込んだのです。
「分かった」
 颯くんは、僕の顔を一瞬じっと見てから
「英、置いて行くぞ」
 と言うとさっさと出て行ってしまいました。林は、さっさと出て行ってしまった颯くんの態度を見てニヤリと笑うと『お前、また夜中に連れ去られるぜ』と僕に耳打ちして来ました。僕が目を真ん丸にして林を見ると、林は気色悪い裏声で
「この前、見ちゃった」
 と言って体をくねって見せたのでした。
「早く行け、林!」
 僕が恥ずかしくて恥ずかしくてしゃがみ込んで怒鳴り散らしながら二人を見送っていると、ユキノさんがやって来て
「圭介さんも行く所あるんでしょ?」
 と言って僕にメモを一枚渡してくれたのでした。何だろうと思ってメモを見ると、たくさんの名前と住所が書かれてありました。
「これ」
「颯の学校の子で、家の近くに居る子達のリスト」
「え?何でユキノさんが....」
 昨日僕が林に相談した内容を知らないはずなのに、と不思議な顔で僕はユキノさんを見詰めました。するとユキノさんは僕に向って林の真似をして
「昨日、聞こえちゃった」
 と可愛く小首を傾げたのでした。
 それから僕は、何でもお見通しのユキノさんに見送られて顔から火を噴きながらも颯くんの学校の子達に会いに行ったのでした。
 昼過ぎ、何とか僕の方が二人より早く「志のや」に帰り着けた様でした。
「どうだった?みんな家に居た?」
「はい。宿題が大詰めみたいでした」
 僕がそう言うとユキノさんは
「そうよね。この近所の子達ってみんな、夏休みはお家の手伝いとかで大変なのよね。颯はその点、さっさと宿題終わらせちゃうから偉いんだけど、一つだけどうかと思う事があるのよね」
 と言いました。僕が
「何ですか?」
 とユキノさんに聞くと、ユキノさんは目を猫の様に細めて笑いながら
「颯の夏休みの日記。麻里香ちゃん達が帰ってからは、嘘ばっかりなの。本当に適当で、家の仕事が大変でしたとか、暇だったから一日勉強してましたとか。もっともらしい事を書くのよ。だから、毎年帰って来てくれてるのに海十さん、一回も日記に出て来た事ないのよね。天気だけは嘘書けないから毎日書き込んでるらしいけど、可哀相よね海十さん。あんなに颯と遊んであげてるのに、ちっとも感謝されてないんだもの。ねぇ、圭介さん。颯って実はとっても意地悪なのかしら?」
 と教えてくれたのでした。
「海獣さんは、その事実を知ってるんですか?」
 僕がユキノさんに聞くと、ユキノさんは
「海十さんには言ってないの。だって海十さんにとっては本望だろうけど、それでもやっぱり可哀相なんだもの」
 と困った顔でくすくすと笑うのでした。僕も、喜びながらも落ち込んでいる海十さんを想像して、悪いかなと思いながらもくすくすと笑ってしまったのでした。

  つづく
by yoseatumejin | 2005-03-24 14:30 | 文/過日(全38回)


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