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過日(38)おわり

          七

「ここで待ってようぜ」
 少し走らせた林は、バイクを止めるとそう言いました。
 そこは、颯くんの小学校が眼下に見える道の路肩でした。僕と林がしばらく待っていると、わいわいと楽しそうに登校して来る子供達の集団が見えました。
「おぉ、来た来た。ちゃんとチビもいるぜ」
「うん」
 僕が林が指差した先を見ると、颯くんは隣の男の子と楽しそうに話をしていました。
「成功したみたいだな」
 林はそう言うとニッと笑って、「おめでとう!」僕の肩を力一杯叩きました。
「痛いよ!林。でも....良かった、颯くん楽しそうだ」
 僕が颯くんの為にしたくて、した事。それは、やっぱり林の言う様に僕が出来る限界を越えていたのかもしれません。それでも僕は、颯くんに小さなきっかけをプレゼントしたいと思ったのでした。新学期の始まりにみんなと一緒に登校する事で、一人で学校に行くよりずっとずっと早く颯くんにとっての新しい出会いがあれば良いと思ったのです。教室の中に一人で入るより、みんなと一緒にわいわい楽しく入った方が良いのではと思ったのです。全ては、僕の憶測であり希望と楽観でしかないのですが、それでもその小さな一瞬を、昔の僕は望んでいた様に思えたのでした。
「でもさ。やっぱり、こういうのも自己満足って言うんだろうな」
 僕は校舎の中へ消えて行く颯くんの後ろ姿を最後まで見送って、学校に背を向けて林にそう言いました。林はそんな僕を見て、小さく一つ苦笑すると
「そうでもないさ、安田」
 と顎で僕に振り向いてみろと合図しました。
 きっと、僕は林がそう合図した瞬間から泣いていたかもしれません。振り返った僕の目には、両手を振ってる颯くんの姿が写りました。僕が一軒一軒訪ねて歩いた子供達の姿が写りました。誰かが、颯くんに僕が頼んだのだと教えてくれたのでしょう。颯くんはそれを知って、僕がどこからか見てると踏んで出て来てくれたのでしょう。みんなは僕達の姿を、一緒になって探してくれたのでしょう。全ては、僕の我儘でやった事なのに....!
「安田、手振るぞ!」
 林はそう言うと僕の片手を取って、バッと高く掲げてから颯くん達に向って大きく大きく振ったのでした。
 僕はバイクを走らせる林の背中に掴まって、僕の初めて見た世界を見つめました。
 世界。
 僕はそれを今まで見た事がなかったのです。小さな小さな、空間という名前で置き換えられる様な世界に生きて来た僕が、初めて出会った本当の世界。ここは世界の入り口でしかなかったのかもしれません。けれど、その世界の入り口は、僕にとてもやさしいものでした。僕が最初の一歩を踏み出す為に用意されたものは、夏の日差しに照らされた海であり、やさしい人が集まる「志のや」であり、いつでも見守ってくれたユキノさんであり、何より僕の手を取ってくれた颯くんであったのです。
 たくさんの人が、僕の背中を押してくれたのでした。
 僕が生きて行ける様に、『悲しみ』を囲んで『しあわせ』に変えてくれたのでした。
 それは、ユキノさんが颯くんの為に、颯くんが僕の為に歌ってくれた歌の様に。
 林は、背中越しに僕が何を考えている事が分かった様でくすりと笑うと
「ゆっくり、帰ろうな」
 とやさしく呟いたのでした。

   終
by yoseatumejin | 2005-04-05 16:54 | 文/過日(全38回)


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