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おてまみセッテ(04)

 秋晴れの空は高く、時々横切る雲に太陽を隠されたりしながらも穏やかな日差しを地上に降ろしていた。菜奈子はそんな明るい空の下、あちこちで楽しそうな歓声をあげながらお昼を楽しんでいる家族連れを眺めると
「みんなも、ご飯食べてるね」
と健太郎に話しかけた。健太郎は菜奈子の言葉に、眼下でお弁当を広げて居る数家族を見つめると、
「わんわも、いるね」
と言って、小さなコーギー犬を連れた家族を指差した。
「本当だねー、動物も一緒で良いんだね」
「わんわ、かわいいね」
「可愛いね」
 菜奈子は、小さな短い足で楽しそうに家族に戯れ付いているコーギーを見つめてそう言うと、
『もしケンタが生きてたら、一緒にああやって遊べたのにな....』
と不意にケンタを思い出しクシュっと泣きそうな気持ちになった。
 菜奈子が子猫に『ケンタ』という名前を付けたのは、健太郎にあやかっての事だった。元気で、明るくて、素直な健太郎。ケンタも、健太郎の様な良い子に育って欲しいなと菜奈子は心の中で願っていたのである。もしあのまま死んでしまわなければ、今日だって二人と一匹で楽しい休日を満喫出来たかもしれなかったのだ。
『ケンタ、ごめんね。楽しい事一つもしてあげられなかったね。美味しいごはんも、食べさせてあげられなかったね。ごめんね』
 菜奈子はそう心で謝罪すると、自分の目の前で荒かった息がふっと止まってしまったケンタの最後の姿を思い出して視線を落とした。
 健太郎は突然ぼんやりと無口になった菜奈子の顔を覗き込むと、
「ナナコ、どっかいたいの?」
と言った。菜奈子はその声にハッと我に返ると、心配そうに自分を見上げている健太郎の視線とぶつかって
「あ、ううん。全然平気、元気だよー」
と内心健太郎を不安にさせた事を反省しながら慌てて首を振った。健太郎はそんな菜奈子に、
「うそはだめだよ」
と『この子は、全て分かっているのでは?』と大人に思わせる子供特有の真剣な眼差した。菜奈子はその眼差しに少し困った顏をした後、
「健太....」
と名前を呼んだ。健太郎は、菜奈子に
「ママが、うそつきはだめってゆーもん」
と諭す様な口調でそう繰り返した。菜奈子はその言葉に『お姉ちゃんって、偉いなぁ』と和美の顏を思い出した後、
「うん、ママは正しいね。ごめんね、健太。この前、猫さんを拾ったのね。でも、猫さん弱ってたからすぐに死んじゃったの。それでね、今みんなを見てたらね、あぁ、その猫さんをここに連れて来てあげたかったなって思って、悲しくなっちゃったの」
と健太郎にも分かるように自分の気持ちを説明した。
「ネコさんに、なまえつけた?」
「うん。ケンタって名前だよ。健太みたいに、元気で良い子になりますようにって思って付けたの」
 健太郎は、自分と同じ名前だと知って親近感を持った様でふわと嬉しそうな顏をすると、
「ケンタ、いいこだった?」
と首を傾げた。菜奈子は、うんと頷くと
「もちろん。すぐに死んじゃったけど、ケンタは健太と同じでとっても良い子だったよ」
と言って『健太にも、会わせたかったよ』と付け足した。
 健太郎は菜奈子に
「ぼくもあいたかったな」
と答えると、にこっと笑った。菜奈子はその笑顔に釣られる様に微笑むと、
「ありがとう、健太」
とお礼を言いペコリと頭を下げた。それは、小さな健太郎が自分の気持ちを分かろうとしてくれている事と、ケンタの事をこんな風に話せた事が嬉しかった事への感謝の気持ちだった。健太郎は菜奈子のお礼の言葉に嬉しそうに小さく含羞んだ後、きょろきょろと辺りを見渡して
「ナナコ、あっちにネコさんいるよ」
と自分達からは少し遠い場所に猫を連れて来ている家族を発見して指差した。菜奈子は健太郎の指差した先に視線を送ると、
「本当だね。猫さん居るね」
と頷いて微笑んだ。健太郎はその笑顔に何かピンと来た様で、嬉しそうに立ち上がると、
「いってみよ!ナナコ、いこっ」
と菜奈子の腕を引っ張った。そして脱いでいた靴を履くと『そうだね』と頷いた菜奈子を急き立てながら、芝生へと走り出たのだった。菜奈子は自分の方に顔を向けて駆け出した健太郎に、
「健太、走っちゃ駄目!」
と慌てて叫んだが、時同じく健太郎はなだらかな芝生の丘を前転で三回転半したのであった....。
「あちゃ....」
 菜奈子は顔に手をあてて小さくそう呟くと
「ワーッ!!」
と大声挙げて泣いている健太郎に駆け寄った。どんなに良い子だって、痛けりゃ泣くのは当然の事の様だった。

  つづく
by yoseatumejin | 2005-05-18 11:43 | 文/おてまみ(全10回)


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