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白ちゃん挿絵付「I can't mint the Iron」(05/全5回)終わり

 僕は、サカっちゃん家の門をくぐると、病院になっている正面玄関をまず覗いてみた。
 まだ、九時前だったけれど、診察待ちのお客さんが数人か、早々とロビーのソファに座っていた。
 でも、サカっちゃんの姿はなくて、僕はいつもの様に裏手にある家側の玄関に向かってみた。
 そして、そこに廊下に立たされているみたいに、玄関扉の前に突っ立っているサカっちゃんの姿を見つけて、そのいつも通りの姿に笑いが出そうだった。
「サカっちゃん」
「あ、よかった。来てくれて。もう、怒ってない?....チキコちゃんってば、呼んで来い!呼んで来い!って煩くって大変だったんだ」
「そうですか....ありがとう、サカっちゃん」
「ううん。ボクは、何もしてないし」
 とサカっちゃんが言った瞬間、まるで後頭部に中る事を決められたみたいに玄関が勢い良くガン!っと開いて、サカっちゃんにヒットしていた。
「痛っ〜....」
「あ、ゴメン」
「酷いよ、チキコちゃん....」
「謝ったじゃん」
 チキコは恨めし気なサカっちゃんの視線を一瞥で黙らせると、僕を上から下までジロジロと眺め回した。
 そして、僕の頭をワザワザ包帯を巻いている右手で小突いた。
「............ちょっと、謝んなさいよね」
「ごめんなさい」
「何それ!あっさりとさ!心こもってなさすぎだわ!」
「そう言われても....」
 チキコのサカっちゃんへの謝罪に比べたら、良いと思う。と言うと面倒だから言わなかった。
 僕はその代わりに、チキコのバッグを持ったまま歩き出した。
「ちょっ!ドコ行く気よ!」
「........中学校」
 きっと僕が一生行く事がない場所だろうから、今日ももちろん校門までだけど。
「でも、今日だけだから」
「何よ!あんた、この怪我が一日で治ると思ってんの!?」
「姉さんには、サカっちゃんが居るじゃん」
「サカキは弟じゃないじゃない!」
「........。........姉さん、僕。ずっと昔から思ってたけど、姉さんってバカだよね」
「なんですって!!」
 ギャース!と怒り出したチキコに僕は笑い出さずに居られなかった。
 チキコのテンションはやっぱり吸血鬼には高すぎだよ。
 でも大好きだなって、思う。
 サカっちゃんは、ぎゃんぎゃん怒るチキコの手を慌てて掴むと「ダメだよ....ダメだよっ、傷に響くよ!」と気弱な声で訴えていた。


 騒ぎながら歩いていたせいで、チキコ達の中学校に着いた時には、とっくに一限目が始まっている時間だった。
 校舎には沢山の生徒が居るんだろうって思うけれど、誰も居ない校門前に立っている僕達から見ると、ひっそりと静まり返って誰も居ない印象を受けたりした。
 チキコは僕が持って居たバッグを引ったくるように奪うと、ぎゅっと両手で抱きかかえた。そして、
「....ありがとう。昨日、大ッ嫌いって言ったけど、アレ取り消すわ」
 と照れくさ気に目を泳がせた。
 僕はそんなチキコに『うん』と頷いて、サカっちゃんが小さく『仲直りだ』と呟くのを聞いた。
 きっとサカっちゃんは大人になってもこのままなんだろうな。と思う。もちろん、チキコもチンチキ度があがったとしてもこのままだろう。
「姉さん」
「何よ....急に改まって....気持ち悪いわね」
 泳がせていたチキコの目線が、僕の足下に落ちてるのが分かる。
 僕は、チキコの言う様に改まる事を気持ち悪いなと思ったけれど、言わない方が良いのかもしれなかったけれど、でも言わずに去るのもなんとなく嫌で、チキコと目線を合わせるために一歩足を前に踏み出して、
「今日まで、ありがとう」
 と素直な言葉を使った。
 本当に、吸血鬼がこんなに感謝の心で一杯なんて気持ち悪くてしょうがない。
 似合わないったらない。
 きっと僕はこの三年間で、吸血鬼らしからぬ吸血鬼になってしまったのだ。
 チキコは僕の言葉に、僕の視線に、
「............本当に気持ち悪いわねっ....」
 と悪態を吐きながら、でも、やっぱりイヤだと言う様に首を振った。
「........ねぇ。どうにかしなさいよ。あの変なクスリ、飲んでもあんたに害がないなら飲んで良いから....。飲んで飲みまくって、ずっと一緒に居なさいよっ........私の弟で居れるなんて、あんた幸せ者なのよっ!」
「姉さん。........ごめん。姉さん....」
 もし、タブレットを無理矢理飲んで、チキコにもう一度『幻惑』をきちんとかけても、チキコが僕に向けてくれる関心の度合いが下がる事はない気がする。
 それだけならまだ問題ないかもしれない。
 けれど、チキコが僕に向けてくれる関心は、他の人へも影響する。....その所為で、僕の存在が生み出す矛盾は大きくなる一方だろう。
 その歪みを直せる程の幻惑能力を、僕が使えるはずもなかった。
 サカっちゃんは僕達の会話に、疑問符の浮いた顔をして僕等を見ながら....けれど、何も口を挟まずに立っていた。
 いつも、サカっちゃんはこんな風に僕達を見守るのが得意だった。
 チキコは、僕から視線をサカっちゃんの方に向けると、持っていたバッグをドンっと押し付けた。
「うわっ、何!?」
「....っ持ちなさいよね!私、怪我人だよっ」
「あ、そうだね。ごめんね」
「........バカサカキ!」
 そう叫ぶと、チキコはまた八つ当って、バッグごとサカっちゃんを両手で押した。そして、よろけるサカっちゃんを見て、フンと鼻でセセラ笑うと、不意にくしゃっと顔を歪めた後、『うぇーん』と本当に子供みたいに泣き出したのだった。
 その泣き方は、もう中二だと言うのに、色っぽさの欠片もなかった。
 チキコは、エンエン声を上げて泣きながら、僕の頭をペチっと一発ひっぱたくと、グイっと自分の胸の中に僕を引き寄せて、嫌々と首を振った。

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「嫌よっ....!あんたは、ずっと私の弟だもん!........っ一緒に!来年も!こどもの日のケーキを食べるんだもんっ!」
「姉さん........」
「........何が吸血鬼よ!....何が幻惑よぉー....!嫌よ!!絶対、嫌だからねっ!!」
「............」
 僕は、ベタンと地面に座り込んで、僕に抱き付いて泣きじゃくるチキコを見下ろして....苦しいけど、呆れたフリで溜息をこぼしていた。
 出来るなら、子供みたいだと笑って、チキコを抱き締め返してあげたかった。
 けれど....別れなきゃいけないのにそんな情をあげる勇気なんて....僕には、到底持てそうもなかった....。
 だから僕は、溜息の後で取り繕う様にサカっちゃんを見上げると、
「はぁ....。ごめん、....サカっちゃん....」
 と苦笑していた。
 サカっちゃんは、僕の視線を暫く見つめた後。
 チキコのバッグを地面に置くと、何か言いたいけれど何も言葉が浮かばないというのが分かる困った笑顔を僕に向けた。
「良いの?」
「............はい」
「分かったよ」
 頷いた僕を確認すると、サカっちゃんは、後ろからチキコの両脇に手を入れてこしょこしょとくすぐった。
「うわっ....や!....あははっ....止めろっ....!バカ!」
 くすぐったがりのチキコは、サカっちゃんの攻撃に一発で撃沈すると、泣きながら笑って怒った。
 そして、サカっちゃんは、チキコの手が僕から離れた瞬間を見逃さなかった。
 それは、幼なじみ故の手慣れた感じで、チキコはあっさりサカっちゃんに背後から羽交い締めされ捕まると、悔しさを全開にして『放せぇ!!』と叫んでいた。
「ありがとう、サカっちゃん」
「........うん。あの....じゃあ。....えっと....気を付けて....いってらっしゃい」
「........。いって、きます....」
 ただ協会施設に戻って、眠りにつくだけなのに。
 僕は、なんとなく事情を察したらしいサカっちゃんからそう見送られて、どうしたら良いか分からなかった。
 胸が詰まって、泣きたい....という感覚を覚えて戸惑わずに居られなかった。
 吸血鬼である僕にも、こんなに色々な感情が湧くのだと....僕は、ずっとずっと知らなかったのだ。
(........ありがとう、姉さん)
(........ありがとう、サカっちゃん)
 ぎゅっと一回、目を瞑ると、僕はチキコとサカっちゃんを見つめた。
 サカっちゃんに捕まったまま、涙と怒りで顔を真っ赤にしているチキコは、僕の視線を感じると、
「何が『いってきます』よ!!あんたまだ、子供じゃないっ!........っ」
 と、キッと僕を睨み返して怒鳴った。
 その....チキコの顔は、やっぱり僕の『姉』だった。
 血も繋がらない人間と吸血鬼だけど、間違えなくチキコは僕の『姉さん』だった。
「姉さん....っ、さようなら」
 僕は二人に幻惑をかけながら、チキコが言う通り、自分が『子供』だって事が本当に悔しかった。
 きっと、もっと、大きかったら....。
 もっと、もう少し長く、一緒に暮せたのに。
(チキコの『弟』で、居られたのにっ....)
 僕は今日まで、何回も人間と暮しては別れて来た。
 長く生きて来た分だけ、人間より多くの別れを見て来たつもりだった。
 でも、こんなに別れが辛いなんて、初めて知ったのだ。
 気持ちを区切る様に、足を一歩動かす事の苦しさを初めて理解したのだ。
 針山を歩く心地で、くるりと踵を返すと、僕はチキコとサカっちゃんに背を向けた。
 振り返れないのだと思うと、....信じられない位に胸が絞られて痛かった。
 幻惑をかけたのにチキコはまだ泣いていて....その泣き声が、耳に届いて僕は小さく頭を振らずにいられなかった。
 名前を呼ばれた気がして、どうしたら良いか分からなくなりそうだった。
 チキコが引き留めに来たらどうしよう。
 走って来て、バカって一発叩かれたらどうしよう。
 ずっと一緒に暮すんだって言われたらどうしよう。
(どうしよう。どうしよう。どうしよう........)
 僕は、有り得ない事を想像して、自分の足が一歩、二歩とスピードを上げていくのを感じた。
 そして、喉の奥から、くうっと空気の塊の様な吐息が零れた途端。
 溢れて来た涙を、止められなかった。


 三年間の日々が、静かな薄暗がりの睡眠室で瞼を閉じる僕からどんどん遠ざかって行った。
 大人の吸血鬼達は、泣いて協会に戻って来た僕を見て、驚いた顔をしながら『別れとは、本来そんなものだったね』と何処か懐かし気に言った。
 僕は、なんで子供のまま吸血鬼になってしまったんだろう。
 覚えてもいない。
 けれど....吸血鬼でありながら『仕方がない』という言葉と一緒に、飲み込むしかない別れを知れた事は幸せだったんだろうか....。
 頬にあたる風が、涙のせいで冷たくて。
 冷たくて....また、悲しかったなんて。
 そんな記憶でも、幸せの一部なんだろうか。
 次に起きても....もう二度とチキコに会えないのだけれど。
 例え、どんなにチンチキでも、チキコは人間だから死んでしまうのだ。
 サカっちゃんなんて、きっとチキコより長生きしないで死んでしまうだろう。
 だから、この別れを覚えておけるのは....僕だけ、だった....。


   * * *


「ちょっと、あんた。私の弟なんだから、私の孫に会っても負けたりしないでよね!」

 ずずずっ、とお茶を啜りながらチキコはそう言うと、炬燵の中から僕の足を小突き蹴った。
 サカっちゃんは、炬燵がグラッと揺れた事に一瞬ビクッとすると、困った様に笑って、僕に『これ、美味しいから』とお煎餅をすすめた。
 僕は二人に囲まれながら、目覚めたばかりの回らない頭で、受け取ったお煎餅を一口齧っていた。

 そう。
 あれから四十年も経っているのに、二人は僕を忘れて居なかったのだ....。
 僕は眠りから目を覚ますと、あの日別れたチキコ達を思って、遠目からでも良いから生きてるなら今のチキコ達が見たくて、探しに行こうと協会を出た。
 そして、協会施設を出て十メートルも行かない所で、ぐいっといきなり派手な服装のおばさんに腕を掴まれたのだ。
『ちょっと!何処行く気よ!こっちは、散々待ったっつーの!』
『え........。誰....』
『はぁ!?あんた、弟の癖に見て分からないの!?私なんて、一発で分かったわよ!』
『........もしかして、チキコ?』
『そうよ!あんたの姉は、私だけでしょうがっ!!』
『....だって....チキコ....おばさんにっ....』 
 なってる。と言おうとした僕は、気が付けば脳天にゴチンと鉄拳を喰らっていた。
『ったぁ....』
『四十年待ってあげてた人間に向かって『おばさん』なんて、あんた失礼なのよ!』
『ごめん。でも....どうして此処に?』
『はぁ!?あの時、こっそりあんたの跡をつけてたからに決まってんじゃん!』
『え....。つけてたって........』
『尾行よ!尾行!』
『幻惑は?....』
『は?....そんなものあんな怒ってる時に効くわけないでしょ!』
『信じられない....姉さん。....何考えてんの?何年待つ気だったわけ?』
『分かんないから、四十年待ってたんじゃない!!』
『............』
 やっぱりチキコは、何年経ってもバカだったらしい....。
 僕は改めて、チキコの姿を見た。
 赤茶色の髪に、ばっちりと濃い目元の化粧、黒のロングスカートはキラキラのスパンコール付き。セーターには何故か薔薇の刺繍....。チンチキ趣味も相変わらずみたいだった。


 この四十年。
 チキコは二十五歳でサカっちゃんと結婚すると、一男二女の子供を授かったらしい。五年前には孫も生まれて、『施設』の真ん前に一軒家を建てて、僕が出て来るのを手ぐすね引いて待っていたと言うのだ。
「この家もね、強引にチキコちゃんが吸血鬼協会を脅しに脅して、此処に建てたんだよ〜....」
 医者になっておじさんの病院の跡を継いだサカっちゃんを使って、チキコは『変な味がしない鉄分タブレット』を研究開発させたのだと言う。
 それは今や、吸血鬼の間では御用達愛用の品らしかった。
 そして、その功績をチラつかせて施設の敷地内(本当に、施設建物の真ん前に家がある....)に家を建設して、僕の目覚めるのを待っていたと言うのだ....。
「姉さん....」
「何?何か、文句あるわけ?あんたが、子供だから悪いのよ。待たれて当然でしょ?」
「そうなんだ....」
 なんだか凄い理論だと思うけど、僕はバリバリとお煎餅を齧るチキコの姿を見て反論を諦めた。
 チキコには、四十年という経験まで身についていてとてもじゃないけど勝てそうになかったし、どんな形にしろチキコやサカっちゃんが幸せそうだし、僕もやっぱり幸せだったから。
 だから僕は、勧められたお煎餅を齧りながら素直に炬燵におさまっている事にした。
 チキコは食べ終わった指をチロッと舐めた後、二枚目に手を出しながら
「この煎餅、本当に美味しいわね」
 と言った。
 僕はそんなチキコの態度を本当におばさんくさいなぁっと思って見てたけれど、嫌いじゃないなと内心笑って頷いた。
「そうだね。本当に美味しいよ」
「何よ、あんた。昔より、素直じゃない?」
 チキコは僕が素直に同意した事に一瞬驚いて見せた後、サカっちゃんに向かって手だけで『お茶』と請求しながらパリっと満面の笑みで二枚目のお煎餅を齧ったのだった。

  おわり
by yoseatumejin | 2006-12-08 10:24 | 文/白挿絵付(全1種)


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